うららかな日である。
普段はあまり日の当たる場所は好きではないのだが、今日ばかりは暖かな陽の光に誘われて、庭先にまで出ていた。
わざわざ室内の椅子を持ち出して、室外に出したのである。
少し働きすぎたか、と思ったからでもある。
一度集中力が切れると、格段に作業効率が下がる事は分かっていた。
それでも人より集中力はある方だが、だからこそ一度気が散り始めると自分自身が嫌になる。
いつもは今作業している以外の案件をああでもないこうでもないと気にしてしまう事が多いのだが、今日は暖かな光に誘われてしまったのだ。
こんな事は珍しい。
余程疲れていたのだろう、と思った。
最近働きづめだったから無理もないと、たまには欲望に従ってみる事にした。
休む時は、潔く休んでしまうに限る。
そうでないと結局頭が全然休めないのだという事も、嫌という程身に染みている。
「はぁ……」
いざ休息に本でも読もうかとしていた孔明のもとに、分かりやすいため息が聞こえてきた。
孔明はため息の主を探して、開いたばかりの本を閉じる。
休息に本か、と同じ軍の者にはからかわれるが、孔明にとっては確かに本を読むのは楽しみなのである。
あまりに集中し過ぎて仕事に戻れなくなる事もあるのが、むしろ困った点であった。
「公子ではありませんか」
ため息の主は、すぐに生け垣の向こうから現れた。
現在益州へ遠征中で不在の、主君劉備の養子である劉封だった。
「これは、……軍師殿」
劉封は二度、声に驚きが見えた。
誰かいた事にまず一度、そしてこんな所で本を読んでいる事にもう一度、といった所であろう。
しかもその人物だというのが、あまり外で優雅に本を読みそうにない人間故に一層……とは、孔明自身も自覚しているわけで。
「いかがされました、何事かお悩みでも」
孔明は失礼の無いように、膝の上の本を椅子へ起き、自らは立ち上がって拱手で挨拶をする。
「いや、悩みという程では。ただ、自然と出てしまいました」
若い公子は、ある程度の麾下の者には敬語を使う。
実子の阿斗が生まれて自分の立場を不安に思う故であろうか、などというくちさがない噂もあった。
「そうなるには理由がございましょう?臣亮、不遜ながらお役に立てればと存じますが」
「いやいや、軍師殿に知恵を頂く事にもございません。ただ、己の力不足に嫌気が差したと申しましょうか……」
「……失礼でなければ伺っても?」
「いやなに、昨日我が軍の兵に怪我をして調練を休む者がおりまして。どうも仲間内で鍛錬の真似事をして怪我をしたらしいのです」
「はあ、それは」
監督不行き届きだと言えばそれまでだが、その程度でいちいち気にしてる事もあるまい。
「それが処置の対応も済み、上への対応も出来ておりましたので逆に不思議に思って調べてみれば、どうも子竜殿が全て指示して下さったようで」
思いがけない名前の登場に、孔明は一瞬だけ息をのんだ。
「ご自身の軍の監督もこなし、他軍の兵にまで目がいくとは流石と思います。それに比べて私は……」
ここで劉封は、再びはぁ、と大きく息をついた。
これくらいの事で落胆する程でもあるまい。
となれば、恐らく普段から趙雲に対して想う所あったか、もしくは自身のいたらなさに余程気落ちしていたか、どちらかであろう。
趙雲に対しておこる劣等感の様な気持ちは、孔明も良く分かった。
「公子、貴方はまだお若い。趙雲将軍と同じに出来るわけではございません」
若い、とは言ったが年は孔明とはさほど違いは無い。
「それは、分かるのですが、何故でしょう。子竜殿は元々その様に出来る方の様な気がするのです」
「そう思わせるのも、経験からですよ」
内心孔明は劉封に同意していた。
しかしここで同意しては、励ましにはならない。
何故だろうか、趙雲にはそう思わせる様な所がある。
「そうでしょうか……子竜殿は、なんというか私生活が想像出来ないというか、いつも立派に将軍してらっしゃるような所があります」
これには思わず孔明も笑ってしまう。
「それは、分からなくもないですが」
「雲長殿もそうなのですが、子竜殿はまたそれとは違う印象です。そう言えば今日はお出かけなさってるようですが……」
「趙雲将軍が?龐徳公の所に行かれたのかな……」
後半は独り言のつもりだったが、劉封にもしかと聞こえていたらしい。
「龐徳公?何用でしょう」
「さあ、書を、韓非子を借りているとおっしゃってたので、それを返しにではないでしょうか」
「子竜殿は、勉強もされるのですか……」
劉封が再びため息つくのを見て、しまったと孔明は思った。
「凄いな、韓非子ですか。そう言えば父も韓非子を読んでいた姿を前に見た事が」
「私が読むよう、進言した事がございます」
「あ、なるほど。だから読んでいたのでしょうか。私も読まなければならないなあ……」
「私のもので良ければお貸しいたしましょうか?」
「良いのですか?助かります。軍師殿のご自宅に?」
「いえ、今ここに」
孔明は、椅子に置いていた書を、サッと手にとって劉封に差し出した。
「ええっ、ちょうど読まれていたのですか?よろしいので?」
「構いません。ふと……読みたくなって手に取ったくらいなものなので。内容はもう、ほとんど覚えています」
「そうですか、しかし高価な本なのでは」
「いえ、これは私が自分で書写したものです」
孔明はなにか、思い出すように空を仰いで微笑んだ。
「何かあればまた、書き写せば良い話ですので。そういう作業も、嫌いではないのです」
〔終〕
太皓…ただ展開上出そうと思っただけなのに、なんだか思わせ振りに書いてしまったので、物語に関わらせてしまいました。
でももう出てこないと思います。
オリキャラは出来るだけ出さない様にしたいですね。
襦と褲というのはインナーとズボンと思ってください。