軍師殿と私 某月某日−4


某月某日
今日も小雨ながら雨が続くが、湿気のせいもあってか気温は生温い程度。
寒くないのは良いが、こういう日は髪がまとまらなくて辟易する。
髪が癖毛な者は、こういう場合すぐに髪がめちゃくちゃになるから、損だと思う。
いくら冠でほぼ隠れるとはいえ、やはり見える部分も綺麗にしていたいというもの。
亮兄みたいに細くてサラサラとした直毛だったらどんなに良いかとこういう日が来るたびに思う。
しかし亮兄曰く、あの様な髪質だとそもそも結うのが大変なのだと言うが、さてどうであろうか。
雨の日といえば、亮兄は頭が痛くなる症状が軽くあるようで、こんな天気の夕方などはたまに苛々としていたりする。
怒りをぶつけてくる様な真似は流石にしないが、仕事の確認がなんだかいつもより厳しくなるようで、正直困る。
雨の日はなにかとめんどうくさい。
こういう事を仕事帰りに偶然会った趙雲将軍に話したら、龍なのに雨が苦手なのですね、と笑っていた。
亮兄は龍だのなんだのと言われる割りに濡れる事も嫌いだし、水とはむしろ相性が悪い。
せっかくだから書庫を見せるのも兼ねて食事に誘ってみたら、承諾してくれた。
妻はいきなりの事で面食らっていたが、なんとか見れるものを用意してくれてありがたいと思う。
夕飯は魚料理で、趙雲将軍も喜んでくれた。
荊州は魚が旨いと趙雲将軍は言う。
河からも海からも遠い華北では、魚を食す事すら珍しいのだそうだ。
荊州から出たことがない私と違って、色んな場所を渡り歩いてきた趙雲将軍は経験も豊富なのであろう。
食後に書庫を案内した。
ほうとく公の書庫に比べるのもおこがましい小さな書庫である。
オマケに汚い……掃除をしなければ。
今読んでいる書がそろそろ読み終わる頃だと言うので、読み終わったらまた来るよう約束をした。
趙雲将軍に紅葉の話をしてみた。
奥方に見せて差し上げたいという答えが一番に返ってきて、自分が観に行く事ばかり考えていた自分が恥ずかしい。
最近奥方は塞ぎがちなようだし、確かに勧めてみるのも良いかもしれない。
かと言って行ってみた結果大したことない、となるのも怖いから結局一度事前に観に行く必要があろうが。
そう言えば食事中、亮兄と仲がよろしいのですねと訊かれた事が発端で、少し亮兄の話題になったのだが、最近避けられている様な気がする、とおっしゃっていたのが気になる。
私から見ても亮兄が趙雲将軍に対してその様な不快感を持っているようには見えないが、明日探りを入れてみようか。
私は亮兄の事も趙雲将軍の事も好きだから、その二人が仲が悪いというのは悲しいし、仲良くなってくれたら私も嬉しい。




某月某日
久々の快晴。
晴れ渡ると同時に少しばかり寒さが戻ってきたようで朝から着込んで出仕したが、昼頃は思いの外暖かくて、調節が難しい。
それでも過ごしやすい季節だとは思うのだが。
ちょうど良く亮兄に決済を求めなければならない仕事があったから亮兄のもとに朝から行ってみた。
相変わらずの部屋の乱雑さだけはどうにかならないものか。
驚いた事に、こっちが切り出す前に向こうから趙雲将軍の事を訊いてきた。
最近仲良くしているようですね、と訊いてくる。
何故そんなことを訊くのかと逆に切り返したら、なんの事はない、謖が私が来るよりも先に亮兄に話していたかららしい。
同じ家に暮らしているからには、当然謖も昨夜の事を知っているわけだが、最近はお互いの仕事の都合もあって帰宅してからあまり話す機会も無いので私の事にはあまり興味が無いかと思っていた。
意外とお喋りな奴だ。
これでは趙雲将軍と私との秘密が、よりによって亮兄本人に露見しそうなので、以降はあまり趙雲将軍を我が家に招く事はやめた方が良いのかもしれない。
続いて昨日食事をしたのですね?と訊いてくる。
ええ、そうです、趙雲将軍は良い方なので最近良くしてもらってます、と答えると、一瞬なんとも複雑な表情を返してきた。
やはり趙雲将軍に思う所があるのかと思ったが、少なくとも他の体力馬鹿の人達に対する侮蔑の様なものを持っているようには感じない。
ついでに近々紅葉を観に行かないかと誘ってみた。
いつになるか今の所ハッキリとは言えないが、数日のうちに予定が空くだろうという事らしい。
とりあえず明日は予定が既に入っているから、その予定次第なのだそうだ。
シャクだから謖な誘わずにおこうと思ったが、良く考えたら謖は亮兄付きの仕事をしているのだから、亮兄が言ってしまうかもしれないが、まあその時はその時だ。
今日はたまたま居なかったが、そう言えば何のようで出ていたんだろう。
とにかく久々の亮兄との遠出だから楽しみだ。
今日いつの間にか職場に猫が入り込んでいた。
幼い頃野良猫に引っ掛かれた記憶から猫には良い印象を持っていなかったのだが、窓際で暖を取りながら眠っているのをおこすには忍びなくて放っておいたらいつの間にかいなくなっていた。
挨拶くらいしていけば良いのに、やはり薄情な生き物だ。
今度現れたら何か残り物くらいはやっても良いか。
帰ってから謖に一言言おうかと思ったら、帰宅して早々に勉強を始めたので言うにいえなかった。
私も負けてられないと思って書を手に取ったものの、あっという間に睡魔に襲われた。
今日はもう寝よう。



Back-- Novel Top-- Next