二人の家、一人の家 二人の家、一人の家−1


「どうだ公瑾、立派だろう」

孫策が指し示したのは、とある屋敷だった。
確かに立派だ。
どこか懐かしい様な雰囲気もあるが、とりあえず素晴らしい邸宅だ。

「さ、中を見て回ろうぜ」

孫策は有無を言わせず、周瑜の手を引いた。
屋敷の中も外見通り広く、立派である。
調度品は何も置いておらず、人影もない。
そのせいで余計に広く感じる。
この広い空間に誰の姿も無いというのも不思議な光景で、そんな事はないはずなのだが、周りの音が全て遮断されている様な感覚に陥る。
静かだ。

「どうだ、中も立派だろう?」

「ああ、新築のようだな。どこもかしこも綺麗だ」

「当たり前だろう?俺が設計までして建てさせたんだ」

「伯符が?」

「そうとも、誰でもないお前の為にわざわざこの俺がやったんだぞ」

「え、なんだって?」

「だから感謝しろって……」

「いや、誰の為って?」

「はぁ?ちゃんと聞いておけよ。お前だよ、公瑾」

「私……?」

さも当たり前の様に言うが、理解が追い付かない。

「何故私の為だと言うんだ」

「何故って、ここはお前の家になるんだよ」

「は、え……?」

どういう事だ?
私の家はちゃんとあるぞ、と周瑜は混乱した。

「はぁ。お前って頭良いか悪いのか時々分からなくなるぞ」

「君の言い方が雑過ぎるんだ」

「じゃあ簡潔に言うぜ。俺がお前にこの家をやる」

「……じゃあ私にやるために君がこの家を立てたのか?」

「だからそう言ってるんじゃないかっ!!」

孫策は思いっきり嘆息したが、周瑜からすれば孫策が唐突過ぎるのだ。
いきなり家をやるなどと、普通は言わないし、言われてもピンとこない。

「……しかしなんで……」

「今更だな」

「いや、だって何故急に屋敷を」

「出世祝いだよ」

「誰の?」

「俺とお前の」

孫策は今や江東の若き主。
確かにとんでもない出世だ。
一緒に幼い頃を過ごした相手が随分と高みに昇ってしまったものだ。
しかし、それは孫策の話。
一方、私がなんだと言うのか。
この江東の主の将の一人に過ぎない。

「自分の出世祝いで人に家を建てるなど……」

「いや、だから俺とお前のって言ってるじゃないか」

「君は確かに出世したよ、伯符。私も君を支える者として嬉しい」

「なんだよ、改まって」

「この屋敷には君が住むと良い。私には貰う資格は無い」

「おいおいおい……、折角建てて貰ってそりゃないぞ公瑾」

祝われるほど出世したわけでもないし、この様な立派な屋敷を送られるような事をした覚えもない。
ただ孫策の隣で戦をして、気付いたらここまで来ていただけの事。

「じゃあもう俺も住むか、一緒に。それも良いかもな」

「は……」

「ほら公瑾、この間取りを見て何か思う事ないのか?」

「え?」

周瑜は言われるままに屋敷の中を見回した。
ガランとした、淋しい佇まい。
しかし良く眺めているうちに、何か胸によぎるものがある。

「ここは……」

「思い出したか?」

「舒の、私の実家か……」

「そ、ご明察」

調度品が無いから分かりにくいが、確かに間取りは周瑜の実家と同じだ。

「思い出すの大変だったんだからな」

「どうしてわざわざ私の家を再現したんだ?」

「俺はお前に家を借りてた。その借りを返したいんだ」

「伯符……」

孫策の父である孫堅は、反董卓連合軍に参軍していた際、妻子を舒に移住させた。
その時に出会ったのが周瑜で、周瑜は自宅の一部を孫策母子に譲って住まわせていた。
孫策の言う「家を借りてた」というのは、そういう事だ。

「また昔みたいに一緒に暮らすのも楽しいかもな」

周瑜の脳裡に過去の記憶が沸々と甦ってくる。


――公瑾!!


「あっ、どうした伯符」

「え?」

「だって今私の名を呼ばなかったか?」 「そうか、悪い」

つい、追憶の旅に一瞬飛んでしまったらしい。


――薪が足<りないんだ、分けてくれないか?


懐かしい間取りに身を置いていると、自然と幼い頃の孫策の声が思い出された。
まるで今聞いたかの様に鮮明に耳に残る。
目の前の男として成長した孫策とは違う、まだ高い少年の声。

「そう言えば何度も君は足りない物をねだりに来たな」

「ん?そんな事もあったか」

「ふふっ」

「何だ笑ったりして」

「今思えば可愛い声してたな、伯符」

「あぁ!?なんだよ、急に」

「いやいや可愛い少年だったなぁと思ってな」

周家の邸宅に、物怖じもせずに入ってきていた快活な少年。
今思えばあの時から周瑜、いや周家はこの少年に仕える運命だったのかもしれない。

「それを言うならお前だろう、公瑾」

「私?」

「俺は初対面の時、てっきりお前は女かと思ったぞ」

「は……」

「怒んなって!!もう言わねぇから怒んなって!!」

美しいだとか美丈夫だとか言われるのはしょっちゅうな周瑜だが、流石に女の様だと言われては黙っていられない。
女顔……は周瑜に対する禁句である。



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