「確かに劉備殿は、不思議な方でありました」
陳羣がぽつりぽつりと話し始めた言葉に、郭嘉は驚くくらい真剣に耳を傾けている。
「ただそこにおられるだけで、人を安心させる様な雰囲気をお持ちの方でございました。
先頭に立ち、周りの者を引っ張っていく曹操様とは違います。
むしろ皆が、この方を支えなければ……そんな気持ちにさせるお方なのです」
「ふむ……」
郭嘉は面白そうに陳羣の話を聞いている。
劉備の人となりを話しているだけで、郭嘉の役に立つ話だとは、陳羣は思えなかった。
「劉備本人の素質は?」
「あまり長い期間を共に過ごしたわけではないので分かりませぬが……、人並みかそれより少し上、という所でしょうか」
「ふむ」
「やはり本人の能力というよりは、周りを使う能力が……と言った方が良いと思います」
「うん、なんかそれは分かる気がする」
「…………」
大した話はしていない、と思う。
それでも郭嘉は真剣に聞いている。
「で、さぁ」
「はい」
「長文はどう思う?」
「え?」
「劉備の事」
「……分かりません。私は政治をみるしか能の無い人間ですから。人を見るなんてとても……」
「…………」
「ただ、私は劉備殿の事が好きです。敵対する立場になった今でも」
陳羣は、そうとしか言いようがない。
ただ、郭嘉は満足そうに微笑んだ。
「そうか……」
「すいません、お役に立てなくて」
「いや、充分だ。興味深い話を聞けた」
「ええ?」
「劉備は敵に回った人間からすらも、好かれる。凄い人間だ。やはり、軽くは見れない」
「……………」
「出来れば今回の戦で、確実に首を獲りたい」
郭嘉の目は真剣だった。
いつもより明らかに数段低い声。
これが軍師としての郭嘉なのだろうか。
自然と、陳羣の背筋も伸びる。
それにしても、郭嘉がこれほどまでに劉備を意識していたとは知らなかった。
劉備を軽く見ないでいる事が、何故か陳羣には少し満足だった。
そのせいで劉備の首を獲らなければならないとすれば、それは皮肉な事かもしれないが。
「嫌そうな顔だな、長文」
「いえ、そんな事は……」
「俺より、劉備の方が好きなんじゃないか?」
郭嘉がからかう様に、言う。
確かに劉備の事は嫌いじゃないし、逆に郭嘉の事は好きではない。
でも、それとこれとは何か違う気がする。
「比べようがありません」
「否定はしないんだな、はは。いや、長文は素直だ、やっぱり」
郭嘉は気を悪くした様子は無かった。
「長文は面白い」
「私が?」
むしろ陳羣は真面目で、堅物で、融通がきかないと、面白くないと言われる事が多い。
むしろ郭嘉の方が周りを楽しませる人間だろうに。
その郭嘉が陳羣を面白いとは、いかに。
「俺の予想通りに動かないんだ。喋っていて飽きない」
「それは……私も一緒ですよ。私も貴方の考えが読めない」
「俺が分からないんだから、そうか。お互い様だな!」
何が面白いのか、郭嘉は声をあげて笑った。
陳羣もつられて少し笑ってしまったのが、ちょっと悔しかった。
「ああ、時間とらせてしまったな長文」
「いえ、お気にせず。軍師殿のお力になれたのならば」
陳羣は軽く頭を下げた。
「長文、その『軍師殿』っての、やめてくれよ」
「え……」
「奉公で良いさ。俺も字で読んでるし、おあいこだ」
こっちは字で呼んで良いとなんて許可してない……と言うのも、今更だという気がする。
「…………」
「じゃあな、長文。今度酒でも飲もうぜ」
郭嘉は手を振りながら去っていく。
その後ろ姿は、いつも通りの郭嘉だった。
「……変な人だ」
一人呟いた言葉は、瞬く間に風に消えて行った。
仲良くなれそうな人間には思えない。
でも、少し気になる。
軽そうに見えて、やはり人一倍見る所は見ているらしい。
軍師としての郭嘉は、陳羣にはとても新鮮だった。
打ち解ける事は出来るのだろうか。
出来たとしても、それは相当な時間を要するだろう。
でも、それも悪くない。
まだ二人とも若いのだから、少しずつ、歩み寄っていけばよい。
戦が終わり、時間に余裕が持てるようになれば、酒を酌み交わすのも悪くはないか。
……とはいえ、今はとりあえず目前に差し迫った仕事。
今はまずその事に集中しよう。
それが今の陳羣がしなければならない最重要の課題なのだから。
郭嘉は常に女侍らしたり、時間にルーズだったりすれば良いと思います!
そして陳羣にいつもイライラとされていれば良い。
陳羣は超真面目キャラです。
孔明なんかも真面目キャラに属しますが、それとはまた違います。
孔明は真面目にならなければならない…と思って真面目にしていますが、陳羣は本心から真面目です。
真面目でいる事が普通であり、一番心地よいのです。
なんだろう…上手く説明がつかない。
郭嘉は荀イクにしばしば小言を言われています。
荀イクには叱られている…って感じですが、陳羣にはイラつかれています。
叱ると怒るの違い。
郭嘉は劉備の事、危険視してたと思うんですよね。
まだこの頃から自分の体の不調に気付いてた…という事はないと思いますが…。
いつか将来障害になると郭嘉は不安に思っていたのではないでしょうか。
だから出来るだけ早く、不安の目は取り除いておきたい。
結局劉備には逃げられてしまうんですけどね…。
荀イクが劉備の事気に入っているというのは「劉備の事殺したら駄目」と曹操に進言した件もありますが、やはり蒼天のイメージが強い…。