――この人殺し!!
高い悲痛な叫び声が、頭の中で響く。
その叫びを聞いたのは、もう数年は前になる。
それでもこうやって時々脳裏に蘇っては、鮮明に残響まで思い出させる。
なにが、人殺しか。
世は乱世。
皆人は生きるか死ぬかの暮らしを強いられている。
殺さなければ生きていけないとは言わないが、殺せば暮らしやすくなるのは確かだ。
それは食い物を巡っての殺し合いから、正義を掲げた国家の戦だってそうだ。
そして戦士は、人を殺すために生きている。
そうじゃあないのか?
あの叫びを思い出す度、問いかける。
誰かにではなく、ただ自分へと。
そうして叫びの主が戦士となった時、甘寧は嘲りをたたえて笑った。
――――――――――――――――――――――――
「凌統は良い奴なんだよ」
呂蒙が言う。
甘寧にとって、この世で絶対信じられない言葉の一つである。
忌々しい事に、この嘘をつくのは呂蒙に限らず、他にも多数存在する。
「心根は良い奴なんだ。だから、分かり合う事は不可能ではないんだ」
呂蒙は、事ある毎に甘寧にそう言った。
いい加減、耳にタコである。
良くもまぁこんな飽きもせずに言い続けられるものだ。
「分かり合うもなにもだろ。別に俺はアイツと誤解しあっているワケじゃあない」
「いや、誤解しあっているぞ」
「なにを?」
「お前らは付き合ってみたら良い奴なんだ。なのに、互いに嫌な奴だと誤解している」
「…………」
付き合っていられない。
甘寧はまだ何か言い続けている呂蒙を尻目に、その場を去った。
――チリンチリン
腰につけた鈴が鳴る。
甘寧はこの鈴の高い音が好きだった。
荒々しい男所帯の中で、鈴の音だけはいつも高く通る。
しかしこの清らかな音色も周りの人間にとっては恐ろしいもので、耳に入れば我先にと逃げていく。
いや、恐ろしいのは鈴ではなく甘寧なのだ。
鈴はその甘寧の象徴に過ぎない。
しかし、鈴の音を聞いて寄ってくる者もいる。
かつてはそれは水賊の部下達であったし、今は丁奉を始めとした軍での部下達だった。
そして、それ以外にもいる事はいる。
「耳障り」
ふと、どこからか呟くような声が聞こえた。
微かに舌打ちが混じっていた事も聞き逃さない。
反射的に、声の方を振り替える。
整備された王宮の庭の道の向こうの、もう一つの小道。
そいつはそこに立って、睨み付ける様にこちらを見ていた。
「凌統……」
その姿を見つけて、無意識に呟いていた。
聞こえていたかどうかは分からないが、言われた本人は更に忌々しげに甘寧を睨んだ。
「…………」
何か言ってくるかと身構えたが、凌統は何も発さずに、ぷいと顔を背けて、向こうへと歩き始めた。
「おい、なんだその態度は」
こちらに興味が無いなら、何も言わずに無視すれば良い。
甘寧は知っている。
凌統はわざわざ鈴の音を聞き付けて、文句を言うためにこっちへ来たのだ。
でないとこう都合よく、接触するワケがない。
それももう、一度や二度の事ではない。
「凌統!」
声を荒げても無視。
ゆっくり距離が遠くなる。
ケンカを振るなら振るで、堂々と来いと思う。
カッと頭に血が登り、気付けば甘寧は走り出していた。
一発分からせてやらないと気がすまない。