きらい きらい−2


「甘寧ッ!!」

怒号に制されて、甘寧の足は止まった。
止まらせられた。
見ると、少し離れた場所に呂蒙が仁王立ちしている。
甘寧の後を追ってきていたものらしい。
顔は、完全に怒りの形相だった。

「いい加減にしろ、甘寧!私闘は許さんと言っているだろうが!!」

呂蒙も今でこそ軍師的な立場にいるが、元は叩き上げの軍人だ。
怒る様は、やはり迫力がある。

「最初にふっかけて来たのはそっちだぜ」

……と指差そうとして、既に凌統の姿が消えている事にやっと気が付いた。
逃げたらしい。

「凌統も勿論悪い。だが向こうはまだ子どもだぞ?お前は大人げが無さすぎる」

「ガキっつったって、もう戦場に立つ年だろうが」

凌統は既に、父の後を継ぐ形で戦場にも立っている。
勿論、とうに成人はしていた。

「だが、まだまだ子どもだ。見ても分かるだらう。まだまだ幼くて、頼りない。お前が本気で殴りかかれば、ひとたまりもないだろう」

「……………」

まだ幼くて、頼りない?
あまり顔は良く見えなかったが、確かにまだ線の細い体は大人と言うにはまだまだ早い気がする。
子どもと大人の境界と言えるだろうか。
それでも――

「でかくなったな」

「は?」

「いや、アイツ……見ない間にでかくなったと思ってな」

「そうか?」

呂蒙は首を傾げる。
呂蒙は頻繁に凌統に会っているから、気付かないのだろう。
一方の甘寧は、例え会っても先程の様に文句だけ言い合って、すぐに向こうへ行ってしまう。
面と向かって相手を観察する事など無かった。

「まぁ、確かにここ最近大人びてきた感じはするな。中身はまだまだだが」

呂蒙は、呆れた風に笑った。
確かに、甘寧に突っかかってくる辺り、まだまだ幼稚な一面もあるかもしれない。

「だが段々と武人としての自覚はついてきている。向こうが大人になってくれれば、お前とも衝突せずにすむのかもしれないな」

「アイツが俺より大人になるってか?ありえん」

「いや、凌統は真面目で物分かりが良いからな。ありうるぞ」

信じられない。
甘寧の中の凌統像は、いつも小憎たらしくて可愛いげの無い、気に食わないガキだった。



――――――――――――――――――――――――



甘寧が「人殺し」と言われたのは、初めて凌統と出会った時だった。
「出会った」という言葉が、正しいかは分からない。
その日甘寧は呂蒙やその他のとりなしで、黄祖軍から孫権軍に移る事になって、初めて孫権に会いに行った。
一応敵軍にいた将なので、甘寧の周りはぐるりと兵や将で囲まれていた。
その扱いも仕方がない。
なんせ甘寧は黄祖の下にいた時は、何人もの孫権軍の兵士を殺したのだから。
最初は仕方がないと思うから、腹は立てない。
戦場で功を立てて、信用を得る他ない。
そんな事を考えていた時だった。

「この人殺し!!」

子どもの叫び声が響き、甘寧の耳朶が揺れた。
宮殿の敷地内の外の石畳の廊下を歩いている時だった。
場所が場所だけに子どもの声が意外で、ハッと顔を上げた。

「人殺し!人殺し!」

少し離れた場所に少年が一人立っている。
その子どもが叫んでいるのだ。
子どもというには少し大きい、十代半ば位に見える少年だった。
声が幼いのは、声変わりが遅れているためだろう。
距離はややあるが、幼い顔を精一杯にしかめて甘寧を睨み付けているのが見てとれる。
どうやらその叫びは、甘寧に向けたものらしい。
誰なんだろうか。
甘寧には生憎子どもに知り合いはいなかった。

「凌統!」

返したのは、甘寧のすぐ側に立っている呂蒙だった。
面識がある人間なのか。
甘寧はぼんやりと二人のやりとりを眺めていた。

「来るなとご主君にも言われただろう!」

「…………」

「誰か、凌統を向こうに連れていけ」

呂蒙が甘寧を囲む兵士達に命じる。
命じられた兵士達は、すぐさま凌統と呼ばれた子どもを引っ張っていく。
凌統は必死にその手を振りほどこうともがくが、所詮子供の腕力では抗い難い。
引きずられるようにして、その姿は段々と小さくなっていく。

「お前だけは――お前だけは、絶対に許さない!!」

遠ざかっていく最中も、凌統は口を休めずに甘寧を罵り続けた。
姿が消えるまで、それはずっと続いた。

「……誰だあのガキは」

凌統の消えた後は、妙に場が静かになった感覚に陥る。
その静寂を破るかの様に、甘寧は呂蒙に尋ねた。

「名は凌統という。なんというか……父をお前に殺されたんだ」

「……そうか」

「『そうか』って……それだけか?」

「孫権軍に来る以上、そういう奴もいるだろうと思った」

「……そうだったか」

それ以上呂蒙は何も訊かずに、再び歩き始めた。
甘寧も静かにその後を歩く。
訊かれなくて助かる。
訊かれた所で、特に答える事はない。
人を殺すことが日常だった甘寧にとって、人から恨まれる事もまた日常だった。
だから何か、想う事があるわけではない。
当たり前の様な、日常の一部なのである。


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