きらい きらい−3


「甘寧さん、呉主様が褒めてましたよ」

久し振りに軍の調練に来た甘寧に、丁奉が喜ばしげに言ってきた。

「いきなりなんだ?」

「先の戦でも大活躍だったと!甘寧さんはカッコいいっすねぇ」

丁奉はニコニコしながら言う。
部下の丁奉には、よくなつかれている。
周りの諸将からも信頼されているし、最初に比べて随分とこの軍に受け入れられていると思う。
戦ではいつも大功を立ててきたのだから、それも当然だろう。
呂蒙の様に小言を言ってくる者もいるが、少なくとも未だ甘寧を元敵将として見ている者はおるまい。
それは勿論、一人の人間を除いてだが。

「俺も甘寧さんみたくなりたいッス!」

丁奉の笑顔は屈託がない。
名門出でもない丁奉は、畏まった態度をするでもなく、甘寧にとっても付き合いやすかった。
だが、今日は何故だか気分が乗らなかった。

「やっぱ俺帰るわ」

「え、ちょっと甘寧さん!?今来たばっかりじゃないですか」

「後は任せた」

任せたと言われては、丁奉も一緒に行く……とは言えない。
丁奉はなにやら色々と引き留めるような言葉を言っていたが、甘寧はなに食わぬ顔で調練場を抜けた。
どうにも、調練というものには慣れない。
呂蒙にも、今は亡き周瑜にも散々口を酸っぱくして「兵の調練を怠るな」とは言われてきたが、甘寧にはどうしても馴染まない。
水族時代の喧嘩殺法が抜けないのだ。
オマケに、戦場に出れば甘寧は兵に指示を出すというより、己が率先して敵陣に斬り込んでいく男である。
その為、調練の必要性が今一つ感じ得ない。

「酒でも飲むかな……」

今は皆大体仕事中だ。
甘寧一人では手持ち無沙汰で、酒を飲むくらいしかやる事が思い付かない。
どこに行こうか……暫く当てもなく歩いていると、向こうに地面に投げ出された何かが目に入った。
なんだろうか?
甘寧は知らずのうちに、そちら足が向いていた。
近付いてみると、すぐにそれは人間の脚だと分かった。
誰かが地面に寝そべっているらしい。
顔は木に隠れて見えない。
その場所は庭の隅の小さな林で、木が生い茂り、木陰が出来ている。
つまり、木陰で誰か休んでいるのだ。
こんな時間からどこのどいつだと、自分の事は棚にあげて、甘寧は興味を持った。
木陰にはいるとヒンヤリとした風が吹き抜けて、気持ちが良くて、確かに昼寝するのにちょうど良さそうだ。
良い場所だ……と、甘寧は思った。
今度から、ここを使わせてもらおう。

「おい、こんな時間から寝やがるのは誰だ?」

甘寧はちょうど壁になっている木の幹の向こうをのぞきこんだ。

「っ――凌統」

脚の持ち主は、果たして凌統であった。
しかも、寝ている。
木の根を枕にして、スヤスヤと寝息をたてている。

「よりによってこいつかよ……」

甘寧はため息をついた。
普通だったらここで凌統の反論が返ってくる所だが、今日は眠りについていて、その声は返ってこない。

「……ったく昼寝とは良いご身分だな」

凌統は一定のリズムで寝息をたてる。
安らかに眠るその顔は、いつもより余計にあどけなくて、子供のようだ。
それでも甘寧の記憶に残る凌統よりは遥かに大人びていて、甘寧はハッとした。
やはり成長しているのだ。
凌統もいつまでも子供ではない。
呂蒙が言う言葉も、あながち間違いではないのだと、否応もなしに思い知らされた。

「…………」

気に食わない。
何を苛ついているのか、甘寧自身も良く分からなかった。
凌統が自分より大人になるという呂蒙の言が実現しうる事が気に食わないのか。
それとも、それで今までの様に自分に突っかかって来なくなる可能性が腹立たしいのか。
それも無い事では無いのが自分で分かるのが、また苛ついた。
舌打ちしたが、誰の耳にも届いていない。
甘寧は凌統とは反対側の方に回って、木に背中を預けて腰をつけた。
やはり涼しくて、気持ちが良い。
夏が長い呉では、こういう場所は貴重である。
全く、良い場所を見付けやがってと、甘寧は笑いつつ、目を閉じた。




「な、なんだお前ーっ!?」

突然、すぐ側で大声でわめかれて、甘寧は突然眠りの淵から引きずり出された。

「うるせぇなぁ……」

「うるせぇじゃねえ!!何でお前がここに寝てるんだこの野郎!!」

甘寧が思い目蓋をなんとか開くと、木漏れ日を背にして立っている凌統が目に入った。
こちらを見下ろしている。
そう言えば凌統と同じ木を背にして眠っていたのだったと、ようやく思い出してきた。
凌統は、怒ったような、泣き出しそうなような、複雑な表情をしている。

「寝起きなんだよ、少し静かに喋れよ」

「寝起きっていうか、なんで寝てんだよ俺の隣で!?」

隣で寝たつもりは無かったのだが……と思ったが、口を開くのが億劫で黙っていた。
冷たい風が吹いて、木々の葉を揺らした。

「何で、何でだよ!!お前、俺が首を狙ってるって分からないのかよ!?」

凌統の声に、涙声がまじる。
そこでようやく、甘寧はハッとして覚醒した。
凌統の顔を仰ぐ。
何でそんな泣きそうな顔をしているんだ。

「何でだよ……何で嫌わせてくれない、憎ませてくれない。俺は、お前を嫌わなくちゃならないのに……」

「凌統」

「好きになっちゃいけないのに」

甘寧は咄嗟に凌統の腕を取っていた。
でもそれは、瞬時に凌統によって振り払われた。

「お前なんて――嫌いだっ!!」

凌統は全てを拒絶するかのように言いはなって、走り去った。
そして凌統の姿は、すぐに見えなくなった。

「…………」

凌統に拒まれて、行き場をなくした手が虚空を掴む。
以前に凌統には不意をつかれて殴られた事がある。
弾かれた腕は、その時殴られた頬より何故か痛い。
痛いのは腕だけではない。
胸が痛かった。
こんな痛みを感じた事がなくて、甘寧は少し動揺した。
敵陣に斬り込む時すら恐れはしない自分が何をしているんだ……と自嘲する。
しかし自嘲しても、甘寧の気は晴れなかった。
凌統が寝ていた辺りの土を触る。
もう体温は残っていないが、凌統はいつも同じ場所で眠っているのか、その部分だけ草が短い。
仄かに残された草の跡が、そこに凌統がいた事を感じさせた。

「なんだってんだよ、畜生」

甘寧は草の跡を踏まない様に、そっとその側に座った。
らしくもない――自分でもそう思う。
自分を恨む相手が自分をどう扱おうと、どうでも良かったはずなのに。
いちいち気にしていては埒があかない……そう決めていたはずなのに。

「なに笑ってやがんだよ……」

しかも自然と笑みが浮かべてしまう自分が、最高にらしくない。








前々から書きたかった甘凌をば!
甘寧とか凌統とか砕けた喋り方で良い人は書いてて楽です。
仰々しい喋り方も好きなんですが、書くのとしては難しいので…。
甘凌は良い年の差ケンカップルですね!
でもあんまカップリングカップリングしてない感じが好きです。
いちゃついてる二人を想像できないですしね…。
凌統の「好き」はloveではなくlikeです。
凌統は甘寧になついてる?感じが良いです。
丁奉は凌統に対向意識持ってたら萌えるー\(^o^)/


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