「……あんたの方がよっぽど狂ってる」
「私?私は狂ってなんかないですよ。ちょっと変わってるかもしれないですけどね……んふふ」
「ちょっと……等と、どの口が言うか」
「分かってませんねぇ、若サマは。本当に『狂ってる』人間は自分が『狂ってる』なんて夢にも思ってないんですよ」
「なんの詭弁だ」
「伍子胥も自分で気付かないうちに復讐を楽しんでいたんでしょうねぇ、ふふ」
復讐を楽しむ?……また矛盾だ。
普通に考えれば、矛盾なはずなのだ。
しかし、それが矛盾で無かったとしたら……。
それは確かに『狂ってる』かもしれない。
だがそれはあくまで何晏の勝手な妄想だ。
伍子胥はあくまで父と兄の復讐の為に、そして呉の繁栄の為に生きた忠烈の士である。
鍾会は侮蔑を込めて何晏を睨んだが、何晏はどこ吹く風で軽やかに歩いていく。
「あ、良いこと教えてあげますよぉ……若サマ」
何かを思い出した様に振り返った何晏は、再び鍾会のすぐ近くへ歩み寄って囁いた。
「危うさを持ってる人間だけがねぇ、狂えるんです」
「……私が狂うとでも言うつもりか?」
何晏は面白そうに鍾会の表情を観察している。
白粉の匂いがぷんと、鍾会の鼻についた。
「ふふ、若サマは顔に出やすいですねぇ」
「っ……」
「でもだからこそ若サマは素敵です。あの親爺みたいでなくて良いですよ?可愛いです、ふふふ」
「…………」
「んふふ、若サマ」
「なんだ!?」
「人間、利口過ぎない位がねぇ……可愛げがありますよ?」
何晏は言いたい事言ったとばかりに、満足そうに笑った。
そして何晏は鍾会から視線を外す。
振り替えって、そのまま笑いながら歩いていった。
何晏の後ろ姿が道の向こうに消えていく。
鍾会はもう連いて行く気にはならなかった。
何晏は危ない。
前々から思っていたが、やはり奴は危ない。
何晏は名文家だが、どこかおかしいからこそ名文が書けるのかもしれない。
鍾会は何晏の文才を認めて今まで交際をしていたが、これからは余り付き合わない方が良さそうだ。
その何晏が危ないと言うのだから、曹爽も危ない奴なのだろう。
何晏と共に、あまり親しくするべきでは無い。
そもそも司馬家にたてつくなんてのが、馬鹿げてるのだ。
鍾会はこの先、司馬家が政権を独占する事になると予想……確信に近い予想をしている。
どういう形であれ、司馬懿が国の事実上の権力者になる事は間違いないだろう。
故に鍾会は司馬家側につく事に決めている。
とにかく、司馬家と対立するのは利口じゃない。
曹爽は今の所司馬懿との間に確執は持っていない。
しかしこの先も何晏を側に置いている以上、どうなるかは分からない……。
何晏達の様な馬鹿共と一緒にはなるまい。
鍾会はそう決心して、笑いながら来た道を戻った。
五石散については簡略して説明しておりますので、詳しくはWikipediaなどをご参考あれ。
麻薬だそうですが、副作用は体がむくんだり、怒りっぽくなったりで、最終的には廃人になるんだそう。
当時は美容にも良いと思われていたそうですが…これは今の麻薬にも言える事かも?
「痩せるよー」「美容に効くよー」は麻薬に誘う常套句って話ですし(;^_^A
魏晋朝の貴族の間では五石散が大流行しましたが、今でも現地では買い求められる…という噂w
麻薬はダメ、絶対。
タイトルは「愛すべき狂人たち」という事で、内容は『狂ってる』だのなんだの、穏やかではなくて申し訳ないです。
私的に『狂ってる』のは何晏でも鍾会でもなく、姜維です。
姜維って北伐を見ても鍾会の乱を見ても、恐ろしいまでの執念を感じさせるのに、本人は真面目で勤勉で質素な好青年って所が逆に怖い。
伍子胥さんは無理矢理巻き込まれて可哀想な目に合わせてしまいました。
別に伍子胥さんを狂人だと思っていたわけではないのですが、他に良い例えが思い付かなかったので、犠牲になって頂きましたw