我が家に驢馬がやって来た。
「父上、この驢馬はどうされたのです?」
「呉主からの下賜品だ」
「へぇ〜呉主さまからの!!父上はスゴいですね」
「いや、凄くはないかな…」
「?」
父上は困った様に頭をかいた。
「馬鹿だな、喬。呉主は父上の事、馬鹿にするつもりで驢馬を与えたんだよ」
「??」
「だから…父上が馬面だって事だよ!」
「ちょ、恪…」
「あぁ…父上がお馬さんに似てるって言いたかったんだね!」
「……」
「息子達よ…お父さん、泣いても良いかな…?」
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弟の喬は、父上似だ。
お人好しで、ちょっと抜けてて、どこかぽわぽわしている。
父上より、むしろひどい。
それで父上の様に優秀なら良かったのに、似なくて良い所ばかり似てしまった。
「兄上ー」
ほら、間の抜けた声で私を呼ぶ。
「なんか用?暇じゃないんだけど」
「忙しいの?何やってるの?」
「勉強」
「兄上がやるなら僕もやるっ」
あっという間に、私の隣に座り込んだ。
机に広げた書物を覗く。
「何の本?」
「『墨子』」
「役に立つの?」
「人間は愛し合うべきなんて、非現実過ぎて笑えないけどね。でもたまには違う角度からの考えも知っとかないと」
「兄上は冷たいね」
「え?」
喬のクセに、生意気な。
腹が立った私は、喬が読んでいるのにも構わず本を無理やり片付けた。
「お前、何か言いたい事でもあったんじゃないのか?」
「え?…ああ、そうだった。驢馬の散歩に行こうよ。今日はいい天気だからさ」
「忙しいって言っただろ。私は少しでも勉強して、偉くならなくちゃいけないんだ」
「へぇ〜そうなの?」
「そうなのってなぁ…」
全く…緊張感が無いにもほどがある。
次男のコイツには、家の事を考える必要は無いかもしれないけど。
「僕も偉くならなきゃダメ?」
「さぁな。別に良いんじゃない」
「どうして?」
「お前は次男だもの」
喬は首をかしげた。
幼い喬には良く分からないらしい。
「喬には優秀なお兄さんがいるから好きにしていいって事」
「そうなんだ!じゃあ散歩してこよっ」
単純っていいよな…。
「兄上ありがとー」
そう言い残して、手を振りながら喬は駆けて行った。
喬に感謝されても仕方ないけどな。
飛飛と名付けられた驢馬は、今やすっかり大きくなり、重い荷物を乗せて運べる程になった。
勿論、人間だって乗せられる。
喬は日毎この飛飛に乗って散歩をしていた。
驢馬に乗ってゆっくりと散歩…。
まるで爺さんじゃないか。
「兄上ー」
驢馬に乗った間抜けな姿で、喬は私を呼ぶ。
恥ずかしいったらない。
喬だってもう小さくはないのだから、もう少し諸葛家の男子としての自覚を持つべきだ。
「喬…」
「兄上。兄上もどう?飛飛に乗るの気持ち良いよ」
喬が騎乗したまま飛飛の頭を撫でると、気持ち良さそうに飛飛は目を瞑った。
飛飛は本当に良く喬に懐いている。
我が家で一番懐かれているのは喬だろう。
そして一番懐かれてないのが、この私だ。
「私はコイツに懐かれてないからダメだろう」
「そんな事ないよ、飛飛は優しいから」
そう言って飛飛の上から降りる喬。
握った手綱を私に差し出す。
「いや、いいって。別に乗りたくもないし」
「兄上…」
「書庫に本を取りに行く所だったんだ。…じゃあ」
「…また勉強?」
「え?」
「兄上は偉いね」
にっこりと喬は微笑んだ。
嫌みのつもりでもないらしい。
「まぁ私は…諸葛家の後継ぎだからな」
そう言い残し、書庫へ向かった。
後ろからは遠く、蹄の音が聞こえた。