別離 別離−1


我が家に驢馬がやって来た。

「父上、この驢馬はどうされたのです?」

「呉主からの下賜品だ」

「へぇ〜呉主さまからの!!父上はスゴいですね」

「いや、凄くはないかな…」

「?」

父上は困った様に頭をかいた。

「馬鹿だな、喬。呉主は父上の事、馬鹿にするつもりで驢馬を与えたんだよ」

「??」

「だから…父上が馬面だって事だよ!」

「ちょ、恪…」

「あぁ…父上がお馬さんに似てるって言いたかったんだね!」

「……」

「息子達よ…お父さん、泣いても良いかな…?」




―――――――――――――――――――――



弟の喬は、父上似だ。
お人好しで、ちょっと抜けてて、どこかぽわぽわしている。
父上より、むしろひどい。
それで父上の様に優秀なら良かったのに、似なくて良い所ばかり似てしまった。

「兄上ー」

ほら、間の抜けた声で私を呼ぶ。

「なんか用?暇じゃないんだけど」

「忙しいの?何やってるの?」

「勉強」

「兄上がやるなら僕もやるっ」

あっという間に、私の隣に座り込んだ。
机に広げた書物を覗く。

「何の本?」

「『墨子』」

「役に立つの?」

「人間は愛し合うべきなんて、非現実過ぎて笑えないけどね。でもたまには違う角度からの考えも知っとかないと」

「兄上は冷たいね」

「え?」

喬のクセに、生意気な。
腹が立った私は、喬が読んでいるのにも構わず本を無理やり片付けた。

「お前、何か言いたい事でもあったんじゃないのか?」

「え?…ああ、そうだった。驢馬の散歩に行こうよ。今日はいい天気だからさ」

「忙しいって言っただろ。私は少しでも勉強して、偉くならなくちゃいけないんだ」

「へぇ〜そうなの?」

「そうなのってなぁ…」

全く…緊張感が無いにもほどがある。
次男のコイツには、家の事を考える必要は無いかもしれないけど。

「僕も偉くならなきゃダメ?」

「さぁな。別に良いんじゃない」

「どうして?」

「お前は次男だもの」

喬は首をかしげた。
幼い喬には良く分からないらしい。

「喬には優秀なお兄さんがいるから好きにしていいって事」

「そうなんだ!じゃあ散歩してこよっ」

単純っていいよな…。

「兄上ありがとー」

そう言い残して、手を振りながら喬は駆けて行った。
喬に感謝されても仕方ないけどな。





飛飛と名付けられた驢馬は、今やすっかり大きくなり、重い荷物を乗せて運べる程になった。
勿論、人間だって乗せられる。
喬は日毎この飛飛に乗って散歩をしていた。
驢馬に乗ってゆっくりと散歩…。
まるで爺さんじゃないか。

「兄上ー」

驢馬に乗った間抜けな姿で、喬は私を呼ぶ。
恥ずかしいったらない。
喬だってもう小さくはないのだから、もう少し諸葛家の男子としての自覚を持つべきだ。

「喬…」

「兄上。兄上もどう?飛飛に乗るの気持ち良いよ」

喬が騎乗したまま飛飛の頭を撫でると、気持ち良さそうに飛飛は目を瞑った。
飛飛は本当に良く喬に懐いている。
我が家で一番懐かれているのは喬だろう。
そして一番懐かれてないのが、この私だ。

「私はコイツに懐かれてないからダメだろう」

「そんな事ないよ、飛飛は優しいから」

そう言って飛飛の上から降りる喬。
握った手綱を私に差し出す。

「いや、いいって。別に乗りたくもないし」

「兄上…」

「書庫に本を取りに行く所だったんだ。…じゃあ」

「…また勉強?」

「え?」

「兄上は偉いね」

にっこりと喬は微笑んだ。
嫌みのつもりでもないらしい。

「まぁ私は…諸葛家の後継ぎだからな」

そう言い残し、書庫へ向かった。
後ろからは遠く、蹄の音が聞こえた。




Novel Top-- Next