別離 別離−3


「やぁ、元遜」

と言いながら、爽やかに挨拶をして姿を表したのは孫登、推しも推されぬ呉主の孫権の息子である。
蒸し暑い夏の昼下がりの、私の自宅の庭での話である。

「殿下、……何故我が家に」

「いや、元遜が私が来いというのを拒否したから何事かと思ったら、飼ってる驢馬が病気だからと人が言うものだからさ」

そう話す孫登殿下はニコニコ、実に楽しそうにしている。

「お前の様な冷たい男が驢馬の看病とはなぁ」

「……私が驢馬の世話をしたらおかしいですか?」

「うん、おかしいな」

ハッキリ断言した。

「で、その驢馬の容態はどうなんだ?もう看てなくても良いのか?」

「単なる暑気中りです。暫く休ませればすぐに回復します」

「そう言う割には、ひどく狼狽えてたそうだが?」

「…………」

全くどこのどいつだ。
この人に何でもかんでも話したのは。

「……あの驢馬は、特別なんです」

「父上が子瑜に贈った奴だろう?」

「そうですが……それが理由ではありません」

「おい、仮にも下賜品だぞ……ってまぁ、アレは父上が悪いが。で、何故あの驢馬が特別なんだ?」

「弟が大切にしていた驢馬なので」

今はもう蜀に行って久しい弟の喬が、大切にしていた飛飛。
喬に約束した通り、今は喬に代わって私が世話をしている。
ここ数日の猛暑の所為ですっかりへばっていたが、医者に診せた所、そう重くはないという。

「弟……蜀の諸葛丞相の元へ、養子に行ったという……」

「そうです」

「ふむ、仲がよい兄弟だったのだな」

「いや、その反対です」

「は?」

「喬はともかく、私は全く弟に優しくない兄でした」

「……まぁなんというか、想像に難くないな」

「私がこの諸葛家にいるからお前はいなくても言い……の様な事を言った事もあります」

「…………」

「だから、せめて、弟が大切にしていた驢馬だけは大切にしたいのです」

「……良い兄貴じゃないか、元遜。お前は良い兄貴さ」

「下手な励ましはよして下さい」

「本気だって、元遜。お前は優しい兄貴じゃないかも知れないが、充分に良い兄貴さ。そう気をつめるな……弟も分かっているよ、きっと」

「…………」

「自分が優しくなかったから、優しくしようと気付けた。そこが大事だろう」

「そう……ですかね」

「その驢馬は大切にしてやれ。そして、弟が会いに来た時は、目一杯優しくしてやるが良い。今のお前になら、出来るだろう?」

「……出来ますかね」

「……前言撤回。優しく出来たら、今度こそ良い兄貴だと言ってやる。恥ずかしがってたら、自分が後悔するだけって事、賢いお前なら分かるよな?」

「…………」

「まだ違う地で暮らす位なら良いが、もし二度と会えない別れがやって来たらそれこそ後悔しても遅いぞ。……まぁ、良く考える事だな。じゃあな、元遜」

孫登は手を振って早々と去っていった。

「……本当に何しに来たんだ、あの人」

思わず溜め息をついて言う。
だが、孫登の言った言葉は恪の心中に、確かに深く刻まれていた。
孫登の言う通り、もし万が一、永遠の別離が兄弟二人に訪れたら、恪が喬に報いてやる機会は二度と現れない。

(その別れの前に、私が気付けたのだから、今の別れには感謝した方が良いのかもしれない)

恪は苦笑した。
何とも皮肉な事だが、別れて初めて兄としての自覚が生まれた。
この別れが無ければ、恪は一生冷たいだけの兄だったかもしれないのだから。

今度喬が里帰りしたら、何をしてやろう−……。
恪はそう考えるのを楽しんいる自分に気付いて、何とも恥ずかしいような、いたたまれないような、不思議な気分になった。





何も考えずにその場その場で考えていたが為に、どう終わらせれば良いか全く分からなくなりました。
とりあえず…諸葛兄弟が書きたかった、それだけです。
孫登殿下も書けて満足。
殿下は優しい〜って方らしいですが、フランクな感じにしてみました。
驢馬は勿論、『諸葛子瑜之驢』の奴です。
飛飛はふぇいふぇいと読みます。



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