兄上が帰ってきた。
この地の周辺を荒らす、山越を討伐に行っていたのだ。
「お帰りなさいませ、兄上」
私は兄上の元に駆け寄って、笑顔で出迎える。
かくいう私は大人しく城で留守番だったわけだ。
私も戦についていかないわけではないが、今回は大がかりな内容でもなかったため、兄上が私を残るように決めたのだった。
「今戻ったぞ、権。留守中何かなかったか?」
「兄上に報告するべき事は何も」
「よしよし、ご苦労だったな」
兄上は私の頭を撫でてくれた。
子供扱いされて憮然とする気持ちもあるが、嬉しさがそれに勝っている。
年の離れた兄上は、いつになっても私の憧れなのだ。
「わっ、私はただ兄上の帰りを待っていただけです……」
本当は嬉しいのだが、ここはひとつ言っておかなければならない。
兄上に褒められるのは無条件で嬉しいが、褒められるような事はしていないのが事実。
ただいつも通り、将や官に囲まれて生活を送ったに過ぎない。
「いや、弟君。留守を預かるというのも重要な仕事でございますよ?」
そう言ったのは周瑜。
兄上の幼なじみで、部下で、親友で、良き片腕。
私が物心ついた頃には、既に兄上の隣には周瑜がいた。
今日も変わらず、兄上の隣に立っている。
にこりと微笑む周瑜に、私は思わずドギマギしてしまう。
「いや、そんな……」
「伯符は猪突猛進な男です故、弟君がその後ろを守ってくださるのは非常に肝心なことです」
「おーいおい……猪突猛進とは言ってくれるなぁ、公瑾」
「事実だろう?付き合わされるこちらの身にもなってくれ」
喧嘩しているような口調だが、表情は二人とも柔らかい。
この様な掛け合いはいつものことなのだ。
周瑜は私には敬語で話すが、兄上にはいつもくだけた口調である。
そこには主従らしさはあまり感じない。
そういう二人の関係は特別なものだとは分かっているが、私は兄上が少し羨ましかったりする。
仲謀と字で周瑜に呼ばれる……そう想像するだけで背筋がゾクリとするような、そんな心地がする。
周瑜は兄上と同様に、私にとっての憧れの存在だったが、それは兄上に対するものと同じかと言えば、そうとも言えない。
「あー腹へったなぁ」
兄上が鎧を外した途端に、待ちかねた調子で言った。
私はすかさず返す。
「食事を用意させております、兄上!」
「おー権は気が利くな。公瑾の分は?」
「勿論一緒に」
「だってさ、公瑾。あがっていけよ」
「弟君、ありがとうございます」
周瑜は美しい笑顔を私に向けた。
男相手に美しいというのも妙な感じがするが、周瑜の場合本当にそうだからしょうがない。
「いや、当然だから……」
私は赤くなるしかなく、兄上はそんな私を見て笑ったようだった。
――――――――――――――――――
「公瑾、今日は泊まっていくよな?」
兄上がそう切り出したのは、食事も終盤にさしかかった頃だった。
問われた周瑜の方は、おもむろに箸を置いた。
一緒に食事を取っていた私は、そのまま箸を動かしながら二人のやりとりを聞いていた。
「そのつもりは、なかったのだが……」
「泊まってけよ」
「いや、遠慮しておく」
「遠慮すんなよ。お前って頻繁にうちに来るわりには泊まるの断るよな」
「だって……」
「なんだよ」
「君は全然寝かせてくれないじゃないか……」
「ッ!?……」
まずい。
ガリっと思わず箸を噛んでしまったが、二人に気付かれてしまっただろうか。
平静を装いつつ、私は全身の神経を集中させて二人の会話の続きを待った。
「そんな事はないだろう」
「ほとんどいつもじゃないか」
……良かった。
二人は私の方に気付く様子もなく、会話を続けていた。
「まぁ良いだろ、固いこと言わずに」
「……戦の後の君は特に激しいから嫌なんだ……」
「っ…………」
知らん顔して食事をするというのも、難しいものだ。
二人は相変わらず私を気にする様子もなく話続けているが、正直少しは気にするべきだと思う。
……とは言いつつ、私も二人の会話に興味津々なわけだが。
「良いだろ、な、公瑾?」
「…………」
「実はな、良いもの用意したんだよ」
「良いもの?」
「お前も喜ぶぜ、多分」
「…………」
良いものってなんなんだ!!
周瑜は訝しげに兄上を見ていたが、結局兄上の熱心な誘いに負けて、とうとう承諾した。
「分かった、良いだろう。その代わり、床は二つ用意してくれよ」
「なんでだよ。俺とお前の仲じゃないか!一緒に仲良く寝ようぜ」
「……しょうがないな」
「じゃ、決まりな!」
その後は何事もなかったかのように二人は食事を続けたが、私は食べた気がしなかった。
料理の味が全く分からん。
食事が済むと、二人はそのまま兄上の部屋へ向かい、そしてそのまま一晩中出てこなかった。