若様は思春期 若様は思春期−1


兄上が帰ってきた。
この地の周辺を荒らす、山越を討伐に行っていたのだ。

「お帰りなさいませ、兄上」

私は兄上の元に駆け寄って、笑顔で出迎える。
かくいう私は大人しく城で留守番だったわけだ。
私も戦についていかないわけではないが、今回は大がかりな内容でもなかったため、兄上が私を残るように決めたのだった。

「今戻ったぞ、権。留守中何かなかったか?」

「兄上に報告するべき事は何も」

「よしよし、ご苦労だったな」

兄上は私の頭を撫でてくれた。
子供扱いされて憮然とする気持ちもあるが、嬉しさがそれに勝っている。
年の離れた兄上は、いつになっても私の憧れなのだ。

「わっ、私はただ兄上の帰りを待っていただけです……」

本当は嬉しいのだが、ここはひとつ言っておかなければならない。
兄上に褒められるのは無条件で嬉しいが、褒められるような事はしていないのが事実。
ただいつも通り、将や官に囲まれて生活を送ったに過ぎない。

「いや、弟君。留守を預かるというのも重要な仕事でございますよ?」

そう言ったのは周瑜。
兄上の幼なじみで、部下で、親友で、良き片腕。
私が物心ついた頃には、既に兄上の隣には周瑜がいた。
今日も変わらず、兄上の隣に立っている。
にこりと微笑む周瑜に、私は思わずドギマギしてしまう。

「いや、そんな……」

「伯符は猪突猛進な男です故、弟君がその後ろを守ってくださるのは非常に肝心なことです」

「おーいおい……猪突猛進とは言ってくれるなぁ、公瑾」

「事実だろう?付き合わされるこちらの身にもなってくれ」

喧嘩しているような口調だが、表情は二人とも柔らかい。
この様な掛け合いはいつものことなのだ。
周瑜は私には敬語で話すが、兄上にはいつもくだけた口調である。
そこには主従らしさはあまり感じない。
そういう二人の関係は特別なものだとは分かっているが、私は兄上が少し羨ましかったりする。
仲謀と字で周瑜に呼ばれる……そう想像するだけで背筋がゾクリとするような、そんな心地がする。
周瑜は兄上と同様に、私にとっての憧れの存在だったが、それは兄上に対するものと同じかと言えば、そうとも言えない。

「あー腹へったなぁ」

兄上が鎧を外した途端に、待ちかねた調子で言った。
私はすかさず返す。

「食事を用意させております、兄上!」

「おー権は気が利くな。公瑾の分は?」

「勿論一緒に」

「だってさ、公瑾。あがっていけよ」

「弟君、ありがとうございます」

周瑜は美しい笑顔を私に向けた。
男相手に美しいというのも妙な感じがするが、周瑜の場合本当にそうだからしょうがない。

「いや、当然だから……」

私は赤くなるしかなく、兄上はそんな私を見て笑ったようだった。


――――――――――――――――――


「公瑾、今日は泊まっていくよな?」

兄上がそう切り出したのは、食事も終盤にさしかかった頃だった。
問われた周瑜の方は、おもむろに箸を置いた。
一緒に食事を取っていた私は、そのまま箸を動かしながら二人のやりとりを聞いていた。

「そのつもりは、なかったのだが……」

「泊まってけよ」

「いや、遠慮しておく」

「遠慮すんなよ。お前って頻繁にうちに来るわりには泊まるの断るよな」

「だって……」

「なんだよ」

「君は全然寝かせてくれないじゃないか……」

「ッ!?……」

まずい。
ガリっと思わず箸を噛んでしまったが、二人に気付かれてしまっただろうか。
平静を装いつつ、私は全身の神経を集中させて二人の会話の続きを待った。

「そんな事はないだろう」

「ほとんどいつもじゃないか」

……良かった。
二人は私の方に気付く様子もなく、会話を続けていた。

「まぁ良いだろ、固いこと言わずに」

「……戦の後の君は特に激しいから嫌なんだ……」

「っ…………」

知らん顔して食事をするというのも、難しいものだ。
二人は相変わらず私を気にする様子もなく話続けているが、正直少しは気にするべきだと思う。
……とは言いつつ、私も二人の会話に興味津々なわけだが。

「良いだろ、な、公瑾?」

「…………」

「実はな、良いもの用意したんだよ」

「良いもの?」

「お前も喜ぶぜ、多分」

「…………」

良いものってなんなんだ!!
周瑜は訝しげに兄上を見ていたが、結局兄上の熱心な誘いに負けて、とうとう承諾した。

「分かった、良いだろう。その代わり、床は二つ用意してくれよ」

「なんでだよ。俺とお前の仲じゃないか!一緒に仲良く寝ようぜ」

「……しょうがないな」

「じゃ、決まりな!」

その後は何事もなかったかのように二人は食事を続けたが、私は食べた気がしなかった。
料理の味が全く分からん。

食事が済むと、二人はそのまま兄上の部屋へ向かい、そしてそのまま一晩中出てこなかった。



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