「ほら、特上の老酒!!」
孫策はどうだ!と言いたげな顔で、酒壺を掲げた。
見るからに年期のはいった壺。
中の酒も、さぞかし良く寝かされて良い味に熟成しているのだろう。
しかし、それを見せられた周瑜の顔は冴えない。
「……それを喜ぶのは、君の方だろう」
「お前も喜べ!」
「喜べないなぁ、後の事考えると……」
ぼそりと呟いた周瑜の言葉もいざ知らず、孫策の方はいかにも楽しげに酒を盃についでいる。
「今日は戦勝祝いだ、思う存分飲むぜぇ!」
孫策はずい、と盃を周瑜に差し出した。
盃にはなみなみと酒が注がれている。
「大した戦果でもないだろうに……はぁ」
戦にかこつけて飲む。
戦が無くても飲むが、戦の後は特に飲む。
「乾杯!!」
「乾杯……」
周瑜と盃を合わせるや否や、孫策は早速自分の盃を口に運んでいる。
周瑜もゆっくりと盃を傾ける。
口につけると、むっとした酒気が鼻をついた。
かなり強い酒だ。
良い酒である事には間違いないだろうが、その分度数も相当なものだろう。
周瑜は酒に弱いわけではないが、それでもこれはあまりガバガバと飲める代物ではない。
周瑜はたしなむ程度に口に運ぶが、孫策は次から次へと胃の中へ納めていく。
「伯符、少しは手を休めろ」
「あぁん?」
「もう出来上がっているのか……」
周瑜はやれやれと溜め息をついた。
孫策はかなりの酒好きで、しかも強い酒を好む。
それで相当に酒に強いというならばともかく、しっかり酔うから困ったもので、飲む早さも早い分、酔うのも早い。
今夜も既に酔いが回っているらしい。
「ほら、公瑾も飲めっ!!」
「飲んでる飲んでる」
「まだまだ足りんぞー」
孫策は既に数回盃を空にしていた。
早くも呂律が回らなくなり始めている。
「全く、肴もなくて良くそんな酒が進むものだな……」
孫策のこんな様子も、周瑜にとってはお馴染みのこと。
酒に付き合わされ、酔って絡まれるのまでいつもの事だ。
勿論、そんな孫策を介抱するのもいつもの周瑜の役目。
「ほらほらほらほら、もっと飲め公瑾!」
「私まで酔ったら誰が君を介抱すると言うんだ」
孫策も自分の酒癖が悪いのは自覚しているらしく、こんな風に心行くまで飲むのは周瑜の前でだけだ。
周瑜もそれが分かっているから、なんだかんだで付き合ってしまう。
「全く手がかかる主君さまだな」
「んあ?」
「いや、なんでもない」
「あぁーっ!!」
突然、孫策が弾かれたように顔を上げ、盃を床に置いた。
余りに激しく置いたので、幾分か酒が零れた。
「そうだ公瑾!碁を打つぞ、碁!!」
「またか。酔うといつもそう言うな」
「前回の勝負がまだついてなかっただろうがー」
「ついたぞ、私の勝ちでな。何回やっても私の勝ちだ」
「今日こそは勝ってやっからなぁー」
「はいはい」
孫策はいそいそと碁盤と碁石を用意する。
そして勝手に黒石を盤上に置く。
石を置く手も実に辿々しい。
当然酔っぱらった孫策が周瑜に勝てるはずもないのだが、孫策は勝てるまでやめようとはしない。
そして夜もふけた頃に、孫策が寝落ちして終わる、というのが良くある流れだった。
どうやら今夜もそうなりそうだ。
「ああっちょっと待ったぁ!」
「待ったなし」
「うぐぐ、嫌らしい手ばっか使うなー公瑾は」
「君が単純過ぎる」
「男はなぁ、攻めあるのみだぜぇ!」
「はいはい、私はそれを軽く受け流す、と」
暫く打っていればそのうち孫策は寝てしまうだろう。
そう思いながら、周瑜は孫策の碁に付き合う。
眠ってしまった孫策を床に運び、そうしてやっと周瑜も床につく事が出来るのだ。
ただし孫策は元々寝相が良い方ではないが、酔いが回った日は特にひどい。
周瑜が安眠出来る可能性はかなり低いのだった。
「まったく……」
とは言いつつ、親友の愉しげな顔を見て、こんなのも悪くないか……と思う周瑜であった。