軍師殿と私 夢で逢いましょう−7


「うん、完了」

これで良し!と思った所で、勢い良く幕舎をとび出した。
いつもよりカッコいい……気がする。
カッコいい、カッコいいぞ私。
心の中で言い聞かせるように反復する。

「将軍さま?」

いざ劉備と、恐らく諸葛亮もいる幕舎へ!……という時に、突然声をかけられた。
まったく間の悪い事この上無い。
こんな時に誰だ、と訝るような気持ちで声のした方へ振り替えると、そこには若い娘が三人固まるようにして立っていた。
何故女が陣営に……と一瞬疑問を浮かべてから、すぐに思い出した。
江夏の劉埼から劉備の軍に色々と支援の手が伸びており、それは武器や食料、衣服などの輜重から、食事を用意する人手までと多岐に渡っていた。
身の回りの世話をする役目を負った者は女が多く、その構成はかなり高齢の者から目の前の妙齢の娘までと様々だった。
勿論名家の子女の様に洗練された美しさと教養を持つ女はおらず、誰もが下賤の出の者である。
それでも男ばかりの軍においては彼女らは良い清涼剤であり、兵士達は精神的にも彼女らに潤いを貰っている。
ただし劉備に絶対に乱暴な真似をするなと固く戒められているので、兵士達は彼女らに手を出す事はない。
……と表向きにはなっているが、実際の所はさあどうだか知らない。
女に飢えているであろう男所帯に身を投じるのだから、向こうもそれなりの事を覚悟して来ているだろう。
むしろ女の方から……という事もあるとか噂をきく。
兵はともかく、それなりの身分のある将に見初められれば儲けもの……と思う者もあるかもしれない。
勿論そういった女の全てがそんな事を考えているわけではないし、目の前の娘達がそうだと言いたいわけではない。
とりあえず彼女らはそうやって派遣されてきた女達の一部であろう。
決して華やかとは言えない服を着ているが、彼女らに出来る最大のお洒落をしている感じである。
要するに、市井の一般的な若い娘の体である。

「なにか?」

趙雲が尋ねると、娘達はお互いに顔を寄せ合い、小声で囁きあいながら何か話し合っている。
時折、クスクスと笑い声が漏れる。

「あなたが言いなさいよ」

「なんであたしが……」

断片的に耳に届く言葉からは、言わんとする事は全く把握できない。
娘達はキャッキャとどこか楽しげに話している。

「……私に何の用か?」

出来るだけ早く済ませて欲しい。
痺れを切らした趙雲がもう一度問うと、娘の中の一人が意を決めた風に一歩進み出て答えた。

「髪が……」

「髪?」

言われて趙雲は自分の髪に手をやった。
触っただけで分かる。
ぐちゃぐちゃだ。
そう言えば巾を巻いただけで、結い直していない。
今まで横になっていて、しかもその後にむやみやたらと寝返りをうったのだから、乱れていないはずがない。
かっこよく決めたつもりが、とんだ見落としだ。
このまま言っては大恥をかく所だった。
寝起きからきちんとしていた諸葛亮には、きっと侮蔑の目で見られたであろう。
危なかった……。

「すまない、ありがとう」

「あ、いえっ……その」

「ん?」

「良ければ……結って差し上げましょう……か?」

娘はもじもじと恥ずかしそうに提案する。
趙雲は自分の髪を結うのがあまり得意ではないし、女にやってもらった方が上手にしあがるだろう。
向こうからこう言ってきているのだから、断る謂われも無い。

「頼めるか?」

「はいっ、喜んで!」

趙雲と娘達(残りの二人も何故かついて来た)は近くの腰を下ろすのに丁度良い切り株のある場所に移動した。
趙雲がその切り株に座ると、娘はおずおずとした手付きで髪を結い始めた。
始めると流石に慣れているのか、手際よく髪を結い上げていく。
思えば、こうやって女に髪を結ってもらうのも久々な気がする。

「先程は大変なご様子でございましたね」

傍に立つ女の一人が口を開いた。

「は?」

趙雲がそう返すと、女達は互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をした。

「ご存知……ありませんか?」

「私は今まで休眠を摂っていた」

「あ、そうでございましたか」

道理で、と言う声が聞こえた気がするが、まぁいい。

「大変な様子とは?何かあったのか」

「私達も詳しい事は存じ上げませんが、将軍方の間から何やらただならぬ空気を感じましたので」

「なんと……」

趙雲が眠っている間に、何かただならぬ事態が起きていたらしい。
勿論趙雲は全くその事に気付いていなかった。

「今はもう収束した様でございますが……」

「むう」

女の言う通り、今は陣営にその様な不穏な空気は無い。
あったら趙雲とて気付いていただろう。
しかし、一体何があったのだろうか。
非常に気になる。

「悪い。すまんが、急いでくれんか?」

「はっ、はい」

趙雲に言われて、女は急いで髪を結い上げた。

「終わりました」

女に言われたと同時に、趙雲は立ち上がる。

「ありがとう」

一言礼を言い残し、劉備の幕舎へと向かう。
女の小さな歓声が聞こえたが、趙雲は振り返らずに先を急いだ。



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