軍師殿と私 夢で逢いましょう−8


「中に入ってよろしいでしょうか!?」

幕舎の入り口から大声で、趙雲は声をかけた。

「子竜か?入って良いよ」

劉備の返事を聞いて、趙雲は拱手をしながら幕舎の中へと入った。
薄暗い幕舎の奥、中央に置かれた机の向こうの椅子に劉備は腰かけていた。
傍らには予想通り諸葛亮が立っている。
他に人の姿は無い。
幕舎の中には二人だけだった。
二人ともどこか疲れた様子で、幕舎には重苦しい空気が充満している。
何事かあったかは、見るからに明らかである。

「殿……」

「ん、子竜。もう良いのか?」

「はい!!あの、失礼しました……お忙しい時に……」

「あれ、知ってたの」

「はい。あ、でも具体的に何があったかは……」

「ああ、そう」

劉備は何か思案する様な顔をしてから、傍に立つ諸葛亮に声をかけた。

「孔明」

「はい」

「悪いけど、子竜に説明してやって」

「えっ?」

諸葛亮は驚いて答えた。
何で私が、とさも言わんばかりである。
同様に、趙雲も内心驚いていた。

「私はちょっと寝るよ。色々と疲れたしさ。何かあったら起こして」

「は、はぁ……承知いたしました」

劉備はやれやれと大儀そうに腰を上げ、ヒラヒラ手を振りながら幕舎を出ていった。

幕舎には諸葛亮と趙雲だけが残された。
沈黙。
気まずい空気が流れる。
趙雲が諸葛亮の方に目を向けると、思いがけなく諸葛亮と目がかち合った。
諸葛亮は視線を反らしはしなかったが、面倒臭そう顔をして趙雲を見た。

「何が、あったのでしょうか……?」

沈黙に耐えきれなくなった趙雲から、問いかけた。

「貴方が退がられてから間もなく、孫軍の周都督が矢を受けて負傷したと伝令が入りました」

「え、周……都督が、ですか?」

諸葛亮はコクリと頷いた。
周瑜は船上で曹軍を討ち破った後、逃げる曹軍を追って陸に上がったと聞いている。
劉備軍はそんな周瑜率いる孫呉の軍の輔佐……というよりは、乗っかっていると言った状況なのだ。
江陵方面に向かったという話だったが、そこで負傷したのだろうか。

「孫呉は正直な所、御主君より周都督を中心として動いています。その周都督が負傷したとなれば……」

「撤退、という事もあり得る……?」

もし孫軍が撤退となれば、劉備軍も追撃をやめざるを得ない。
いかに敗軍の曹軍とはいえ、今の劉備軍にやられるほど弱まってはいない。
となると、曹軍の荊州における支配権は排除できずに、そのままという形となる。
それは劉備軍にとっては非常に困る。
劉備軍はこの機に荊州での領地を拡げたいと画策しているのだ。

「まぁ、周都督はそれほど酷い傷ではなかったようで、孫軍はそのまま曹軍と江陵で対峙していますが」

「あ、そうだったのですか」

「ですがその報が入るまでの間、我が軍はどうすべきか議論になりました。まず前線の我が軍の将を呼び戻さないとならないとか……色々……」

「それで、大騒ぎに……」

「ええ、どっと疲れました」

言い終わるや、諸葛亮は大きく長く溜め息をついた。
本当に疲れているらしい。

「せっかくお休みになられたのに、ご苦労様です」

「そうですね……」

眠りから覚めたばかりの諸葛亮は幾分か疲れの取れた顔をしていたが、今はまた疲れた顔に逆戻り。
というより、諸葛亮は基本疲れた顔をしている事が多い気がする。
忙しいのは勿論だが、本人も詰め込みやすい性格なのだろう。
このままだといつか諸葛亮は倒れてしまうんじゃないだろうか。
元々体が強い方にも見えないし、今の状態でこの先もいくなら、それは確かな未来としてこの人に降りかかってくるだろう。

「なぜ私を起こして下さらなかったのです。そんな時に私だけ一人眠っていたなんて……」

非常に恥ずかしい。
情けない。
諸葛亮の夢を見たからと言って、一人幕舎でニヤニヤしていたなんて、本当にどうしようもないくらいバカだ。
あ、そう言えば夢。
夢の事をすっかり失念していた。



Back-- Novel Top-- Next