「些細な事でも良いので少しでも……」
「…………」
「お願いします」
「い……」
「え?」
「いい加減にして下さいッ!!」
突然の大音量が趙雲の耳を襲った。
いきなり諸葛亮が大声を出したから、趙雲は心臓が止まる程驚いた。
「なんなんですか、なんなんですか貴方は!人の夢をそんな詮索したりして!!」
「ぐ、軍し……」
「人の夢にまで踏み込んで来ないで下さい!!」
今まで一度たりとも聞いた事の無い、諸葛亮の大声。
それは怒号というよりは叫びに近い。
「あ、あの……軍師殿……」
趙雲はこう口にするのが精一杯だった。
一方諸葛亮も言いたい事は言い切ったのか、これ以上叫ぶ事は無かった。
しかし興奮が収まったわけではなく、肩で大きく息をしながら、趙雲を睨み付けている。
真っ赤な顔して、瞳にはうっすら涙が溜まっている。
――な、泣いてる!?
正確に言えば決して泣いていたわけではない。
ただ感極まった表情をしていただけなのだが、趙雲はかなり狼狽した。
「あああ、あの……」
「もう質問は無いですよね!」
諸葛亮が吐き捨てる様に言った。
疑問ではなく断定の語気である。
「あ、えっ……」
趙雲は呆気に取られるしかない。
そんな趙雲に口を挟む間も与えず、諸葛亮は続けた。
「……失礼させて頂きます」
諸葛亮は趙雲を鋭い目付きで一瞥すると、さっきまでの興奮はどこへやら、いつも通り落ち着いた声で一言だけ言い残し、一礼をして幕舎の出入口へ向かう。
落ち度の無い、完璧な退席の礼である。
それが余計、趙雲には怖かった。
「ぐ、軍師殿っ」
趙雲は慌てて諸葛亮を呼び止めるも、諸葛亮はほんの少しも反応を見せずに去っていった。
まるで耳に入らなかったかの様に。
趙雲はどうする事も出来ずに、その場に立ち尽くした。
とうとう幕舎には、趙雲一人が残される。
幕舎の外の、兵士達が発する大小様々な音が、この幕舎の中にまで届いた。
他に聞こえる音と言えば、先程の驚きがまだおさまらない、趙雲自身の鼓動が早鐘を打つ音だけである。
いや、単に先程の驚きのせいだけではあるまいか。
諸葛亮を泣かせ、あまつさえ出ていかせてしまった。
そのまさかの事態をどうすべきか、パニックに陥った為のドキドキである。
「……どうしよ……」
諸葛亮との距離を縮める手がかりになれば、と思って詮索したのが完全に裏目に出てしまった。
諸葛亮と距離を縮めるどころか、むしろ拡げてしまったではないか。
趙雲はガックリと項垂れた。
やはり、調子に乗ってしつこく訊きすぎたのがまずかったのか。
まさか諸葛亮があそこまで嫌がるとは思わなかったのだ。
……溜め息が出る。
迂闊も迂闊。
結局趙雲は諸葛亮の気持ちをまるで理解していなかったのだから。
「あ〜……なんでこうなるんだ……」
趙雲は頭を抱えて唸った。
本当に、どうしようもない。
やってしまった以上は、時間は元に巻き戻せはしない。
諸葛亮と和解できる日は、果たして来るのか。
全く、どうしてこうなるのだ……。
「……おーいおい、それはこっちの台詞だってのー……」
頭を抱えている男が、もう一人。
劉備である。
自室で休むと言って出ていったこの男だが、それはでまかせ。
実際は幕舎を出た後もすぐ外から中の二人の様子をうかがっていたのだ。
外から聞き耳をする程度の事なので、二人の詳しい会話は劉備の耳には届いていない。
しかし諸葛亮のあの、かつて聞いた事の無い様な大声は、勿論劉備にもしっかり聞こえていた。
諸葛亮がこんな大声を出すとは、劉備もビックリである。
しかもその後すぐ件の諸葛亮は、やや早足に幕舎を飛び出していった。
冷静に取り繕うとはしていたが、劉備には分かる。
あれは内心かなり興奮しているぞ、と。
そして恐らく諸葛亮自身も大声をあげてしまった自分に、多少動揺しているらしい様子も、去っていくその背中から見てとれた。
――全く、一体諸葛亮をあそこまで怒らせるなんて子竜の奴何やらかしたんだ……。
劉備の勝手なイメージからして、諸葛亮は常に冷静沈着。
元々冷静だが、更に自分を抑えて冷静を保つ事を知っているし、本人の性格もそういう性質だ。
そう考えていた諸葛亮をああまでさせるには、むしろ逆にどうすれば出来るんだ……と趙雲に訊きたいくらいである。
――せっかく可愛い部下の不和をそれとなーく取り持ってやろうと思ったのになぁ。
劉備は大きくため息をついて、そのままズルズルと腰を下ろした。
このまま此処にいては、趙雲に見つかる恐れがある。
そうは分かってはいるが、なんだか動く気にならない。
自分がせっかく気を使ってやったのに無駄にしやがったんだ、構うもんか……という気にさえなっている。
どうせ和解できなかったんだ。
第三者は何も言わずに二人を見守る、という状況になったわけでもないのだから。
もう義理立てする必要もないさ……劉備はかなり破れかぶれな気持ちになっている。
――あの二人、気が合うと思ったんだがなぁ。
劉備は人を見る目には自信がある。
……つもりだったのだが、当てが外れたか。
少し自信喪失。
「なーんか疲れたし……、寝るか」
どっちみち今ここで悩んでいても仕方がない。
劉備は立ち上がって尻の砂を払うと、疲れた足取りで自分用の幕舎へと帰って行った。
【続】
夢に出てきた相手が、自分を想っている……という思想は、古代中国や日本では一般的なものです
冒頭の沈約の詩も、その思想を表した作品の例として提示しています
しかし意外と夢を読んだ漢詩って多くないです
私はこれ以外良い例を見付けられませんでした(;^_^A
あとは杜甫が李白の夢を三日連続で見たと詠んだ奴とかでしょうか
「夢む」という単語があるんですよ、素敵ですねぇ
なんだか作中の孔明さん、情緒不安定な人にしか見えない……