軍師殿と私 窈窕たる淑女は何処−1


北方に佳人有り
絶世にして独立す
一顧すれば人の城を傾け
再顧すれば人の国を傾く
寧んぞ傾城と傾国とを知らざらんや
佳人再びは得難し


北方に美しい女性がおります
絶世の美しさで、その美しさは独りきわだっています
一度微笑めば人の城を傾け
再び微笑めば人の国を傾けるほどです
例え城や国が滅びても
美しい女性は再び得るのは難しい事でしょう


――李延年の歌





次の劉備軍の行き先は、荊州南部である。
形だけでも孫権軍による曹操軍追撃を援助した後、早々と引き上げて南へと軍を進めた。

「しかし赤壁で頑張ったってのは孫権軍なのに、良いのかねえ……」

「我々は対等の同盟相手です。何も問題はありません」

そういうもんかねぇ…と、馬上の劉備は髭を撫で付けるように触る。
対して劉備の隣の馬を緩やかに進ませる諸葛亮の顔は涼しいもの。

「こういうのを火事場泥棒と言うんだよな」

「漁夫の利です。曹操を追い払い、更に土地を得る」

「そりゃ、そうだ」

劉備は苦笑する。
劉備の言う事も、諸葛亮の言う事も事実だ。
しかしこの状況に持ち込めたのも、諸葛亮の活躍があってこそ。
孫権に開戦を覚悟させ、劉備との同盟を決めさせた、諸葛亮の活躍。
諸葛亮はその時既に、こうなる事を予想していたのだろうか。
諸葛亮は涼しい顔して言ってはいるが、色々葛藤が無かったわけではないだろう……と劉備は思う。
ずっと人里離れた山奥で他人と関わらずに泰然とした生活を送っていたのだ。
いきなり一つの軍と駆け引きをし、ゆくゆくは利益だけを奪う。
葛藤が有ってもおかしくはない。
しかし今の諸葛亮はそんな様子は微塵も見せない。
隠している風でもない。
一度腹を括ればそれ以上悩まない性格なのだろう。
軍師としては、実に頼もしいではないか。

「して孔明。もう決めてはいるのかね?」

「何がでしょうか?」

「荊州南郡は三県ある。誰をどこに向かわせるんだ」

諸葛亮は少し逡巡する様な顔をしてから、劉備に向き直った。

「はい、決まっております」

相変わらず、諸葛亮は顔色一つ変えない。


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