「…………」
劉備の幕舎を出て、二人は再び並んで歩いた。
諸葛亮は自分の仕事に戻るのだろうが、趙雲はただ諸葛亮の後をついて歩いている。
何か話さなければ……と思ったが為だが、趙雲がそう考えるまでもなく、諸葛亮の方が声をかけて来た。
「趙将軍」
「はいっ!?」
まさか諸葛亮の方から話しかけてくるとは思わなかったので、返事の声が思わず上擦った。
「災難でございましたね」
「え?」
「急に本陣に戻られたので驚きましたが、そういう事情があったのですね」
なんとなく諸葛亮には馬鹿にされるのではないかと思ったのだが、予想に反して同情的だった。
「素敵だと思います」
「えっ!?」
むしろ誉め言葉。
どういう風の吹き回しか……。
「女性の価値は外見ではないという考え。私も同感です」
――そこか!?
まさか諸葛亮がそこをついてくるとは思わなかったので、趙雲は素直に驚いた。
しかし、少し考えてすぐに気が付いた。
そう言えば諸葛亮の妻は、近所でも有名な醜女だとかなんとか……。
――そういうことか……。
諸葛亮は女は外見派ではない……という事なのだそうだ。
実に諸葛亮らしい。
「はは、いや、当然ですよ」
趙雲は正直、諸葛亮と同じ気持ちで言ったわけではない。
昔から女に不自由してない趙雲としては、今更少し美しいくらいの女には特に心惹かれる事はない。
ただ単に、そういう事だったのだが……。
笑顔を作るのが得意で良かったと、この時ほど思った事はない。
せっかく諸葛亮が好意的に接してくれているのだ。
本当の事を言って、微妙な空気に戻すのも良くない。
余計な事は言うまい、と腹を括った。
「それはそうと、今回の件で趙将軍が未婚だと初めて知りました」
「あ、ああ……そうですか」
「何故妻帯されようとは思わないのです?」
趙雲の年になって、妻も妾もいないというのは珍しい。
諸葛亮の疑問はもっともだ。
「それはその〜……、必要を感じないので」
それ以上でも以下でもないため、他に言い様が無い。
趙雲は歯切れ悪く更に続ける。
「機会があればと思うのですが……」
「そうでしたか。私はそれで構わないと思いますよ」
「そうですか……?」
「生涯の伴侶になるのですから、焦らずにお決めになるのがよろしいかと」
「そう言って頂けるとありがたいです……」
――私達は、何の話をしているのだろう……。
まさか諸葛亮と結婚談義をするとは、夢にも思わなかった。
なんだか妙な気持ちである。
しかし逆を言えば、こんな機会は今後はきっとないだろう。
「軍師殿は、ご結婚なされていますよね……?」
無論知っているのだが、まるで知らない風を装って尋ねた。
「はい、妻が一人おります」
諸葛亮は趙雲の演技に気付く様子も無く、素直に答えた。
劉備が諸葛亮を召し抱える前には既に、結婚していたという妻。
名前は知らないが、荊州の名家である黄家の娘であるそうだ。
趙雲がかつて城に初めて参内する諸葛亮を迎えに行った際には、妻を連れていなかった。
その後、身の回りが落ち着いてから呼び寄せたという事らしい。
結婚して既に数年が経っているらしいが、二人の間に子はいない。
趙雲は諸葛亮の妻に、一度も会った事は無い。
劉備は知らないが、趙雲以外の大体の将も同じだろう。