去年の今夜 清涼に侍し
秋思の詩篇 独り斷腸
恩賜の御衣 今此こに有り
捧げ持ちて 毎日餘香を拝す
去年の今夜
私は清涼殿に参内して
秋思の詩篇を詠んだ
その夜を思い出して私は今独り淋しい想いをする
帝に賜った御衣は
今此処にある
私は捧げ持って
毎日余香を拝して帝の恩恵を思い起こしている
――『九月十日』菅原道真
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勢い良く放たれた矢が、空を切って的に届いた。
的を貫いた瞬間、気持ちの良い快音が静寂に包まれた広場に響き渡った。
矢は的の中心、ど真ん中に当たった。
「お見事!!」
趙雲が一言声を出すと、一拍遅れて周囲がどっと歓声を上げた。
「流石なり!的のど真ん中とは」
「黄忠殿は真、天下に並ぶ者無き弓の名手であられる!」
先程まで静まり返っていたかのが嘘のように、場は音に満ちている。
拍手、歓声。
その中心にいるのが、黄忠。
先だっての荊州南郡攻略の折りに、劉備軍へと投降した武将であった。
「見よ、拙者の申した通りであろう。黄忠殿の弓の腕前、真に無双でござる。正に養由基の再来なり」
「いやいや、お褒めに預かる程にはごさらぬよ関羽殿。某などまだまだ」
「いいや、関兄ぃの言う通りだぜ。アンタの腕は相当だ!そう思うよな、子竜」
「は、はい。私も同感です」
趙雲は関羽と張飛、その他大勢の将達と弓を持った黄忠を囲んでいた。
関羽が黄忠の弓の腕前は凄いと言うので、お披露目となったわけだ。
事実、黄忠の弓の腕は素晴らしい。
自尊心の高い関羽が手放しで褒めるのも頷ける。
「領地も増え、黄忠殿の様な類い稀なる武人も仲間となった。此度の荊州南郡攻めは大成功であったのう」
「だな!自分の領地があるってのは良いもんだ」
「うむ、重畳重畳」
関羽達の言う通り、荊州南郡攻略は対した損害もなく、無事に成功した。
今は久々に仮住まいではない平和を、皆で楽しんでいる。
「趙雲将軍」
そうやって楽しく過ごしている趙雲のもとに、一人の男が駆けてきた。
宮殿の小間使いの一人である。
「なんだ、どうした子竜」
「さあ、なんでしょう」
「劉備様のご命令をお伝えします。軍師殿がお出掛けになるという事なので、護衛せよと」
「軍師殿の……」
趙雲は劉備や軍師、劉備の家族を護衛するのが仕事の主騎である。
だが実のところ、趙雲は今まで軍師を護衛した事は無かった。
単純に、その機会に恵まれなかったのだ。
劉備軍には長らく軍師はいなかったし、徐庶や諸葛亮が仕官してこの方、劉備軍は一息つく間も無く今日までやって来た。
「承知した。すぐ行く」
「ちっ、またあの軍師かよ。災難だな、子竜」
「いや、そんな事は……」
張飛は忌々しそうに吐く。
張飛はあまり諸葛亮と仲が良くない。
勿論、張飛とて今では劉備軍の軍師として認めてはいる。
ただ時々こうして苦言を呈する事も少なくない。
今回は大方、楽しい所に水を注され、且つ趙雲を取られる事が面白くないのだろう。
そんな張飛に趙雲はたしなめるように、やんわりと返す。
「軍師殿は軍師殿なりに忙しく働いておわれるのですから」
「そうかあ?」
趙雲が言うも、張飛はイマイチ納得していない顔だ。
趙雲は苦笑する。
かくいう趙雲も、少し前までは張飛と同じだったのだから、強くは言えない。
「では、私は失礼します」
趙雲は一人、その場を後にした。