「アンタが儂を護衛してくれるっていう、武人さんかい?」
男に言われた場所に行くと、そこに居たのは見た事も無い男だった。
男は一度見たら忘れない、個性的な顔をしている。
悪く言うならば、かなり醜い顔立ちという事だ。
間違いなく初対面。
会った事があれば、この顔なら必ず覚えているだろう。
「は、あれ……?」
軍師と聞いて来てみれば、似ても似つかぬ男が待っていたのだから、それは驚く。
「ん、違うの?」
男は不思議そうに趙雲の顔を覗き込んだ。
男はかなり小柄な体格で、趙雲とはかなりの身長差になる。
故に、自然と下から見上げる形になる。
「あの、えーっと……」
逆に、趙雲は男を見下ろしている。
それくらい体格差があった。
「おや、もしかして儂の事聞いてない?」
「はい、あー……」
「趙将軍」
後ろから耳馴染んだ声が聞こえた。
凜とした、小さくても良く通る声。
趙雲は勢い良く振り返った。
後ろに立っていたのは、予想通り諸葛亮だった。
いつもと同じ、黒衣に羽扇の立ち姿である。
「軍師殿!」
趙雲が探していたのは、勿論この諸葛亮の姿であった。
「殿から、頼まれて参りました」
「頼まれて?」
「士元の事、何も伝えて無かったそうなので、私が代わりに紹介をさせて頂きます」
諸葛亮はそう言うと、趙雲の横を通り過ぎ、男の隣に並んだ。
諸葛亮は趙雲と並んで少し低いくらいの身長で、当然平均からすると高身長の部類に入る。
そんな諸葛亮が男と並ぶと、やはりかなりの身長差が見てとれた。
「こちらは龐士元。新たに我が軍で軍師となる者です」
「軍師!?」
「そっ。最近まで田舎の長官やってたんだが、この度孔明と同じく軍師中郎将に任命されたわけだ。よろしく、将軍さん」
「士元、この方は趙雲将軍です。主騎となるお方です」
「ああ、この人が噂の趙子竜。成る程、良い男だねぇ」
「護衛などは専ら、このお方がなさって下さいます」
一人呆然としている趙雲をよそに、二人はペラペラと会話を続けている。
この二人、以前から面識があるらしい。
出会ってすぐの関係には見えない。
「あと士元、……無理はせず。何かあったらすぐに戻って来て下さい」
「了解、孔明。こんな立派な武人がついてるんだ、心配いらない」
諸葛亮は、呆然としている趙雲を見た。
諸葛亮の視線に気付いて、趙雲もやっと背筋を正した。
「本当は私が行くべき所なのですが……。趙将軍、士元を頼みます」
諸葛亮は低く、頭を下げた。
「いやいや、それは勿論。それが私の務めでございますから」
趙雲は慌てて頭を振った。
龐統はそんな趙雲を見て、微かに笑っている様だった。
「もしかして、護衛するのが儂で不満だった?」
龐統がそう切り出したのは、宮殿から離れて幾ばくもしない頃だった。
馬は使わず、二人徒歩で歩いている。
二人きりだと気まずい空気になるかと思ったが、龐統が沈黙が生まれない程度に話しかけてくるので、気まずくはない。
先程諸葛亮と話している時からも察しはついたが、龐統は口数の多い男の様だ。
同じ軍師とは言え、どちらかと言えば口数の少ない諸葛亮とは、こういう点でも大違いだった。
「はっ!?」
「いや、なんとなく?」
嫌そうな顔をしてしまっていたのであろうか。
だとしたら失礼極まりないと、趙雲は慌てて頭を下げた。
「そんなつもりはございませんでしたが、不快な想いをさせてしまったのでしたら、申し訳ありませぬ」
そんな趙雲の様子を見て、龐統はカラカラと笑った。
「いやいや、いきなり知らない醜男を護衛しろなんて言われたらそりゃ、面喰らうもんさ」
「あ、いや……」
「殿も折りを見て儂を皆に紹介するっちゅう話だったんだが、急に孔明の代わりに行かなきゃならなくなって」
そう言えば先程諸葛亮も「本当は私が行くべき」だと言っていた。
今回の外出は、諸葛亮の代行という事らしい。
「何故軍師殿が代わりに行く事になったのですか?」
「ん、軍師って儂のこと?」
「はい、そのつもりでしたが……」
「分かり辛いな。呼ばれ馴れてもないし、孔明を呼んでるのか分からなくなる」
「あ、これは申し訳ありません!」
「名前で良いよ。こちらも趙雲殿と呼ばせて頂く」
「はっ……」
確かに、これから軍師が二人となるならば「軍師殿」という呼び方は、使い辛くなる。
「何故儂が孔明の代わりにって話だったね。簡単さ、孔明が行きたくないと言ったから」
「行きたくない!?」
諸葛亮がそんな事言うとは、意外ではあった。
もしかして趙雲が護衛につく事を見越して、それで嫌だと言ったのかもしれない。
諸葛亮とは和解(?)の方向に向かいつつあると思ったが、それは趙雲の勝手な思い込みで、向こうは全くそうは思っていなかったのかもしれない。
考えれば考えるほど、そんな気がしてくる。
「どうしたかい、趙雲殿。そんなに驚く事かねえ。誰だってやりたくない仕事の一つや二つはあるだろう」
「ぐん……諸葛亮殿は、もしや私が護衛につくのを嫌って、そう仰られたのでは……」
「はあ!?」
一瞬驚いた後、龐統は弾かれた様にいきなり笑いだした。
決して整った顔ではないが、笑うと親しみやすい表情をする。
「いやいや、全く違うがね!なんだい、趙雲殿はそんなに孔明に嫌われてるわけかい!?」
「いや、それは私にも……」
取り敢えず趙雲の被害妄想だったらしいので、胸を撫で下ろした。
「孔明が嫌がったのは、今から会いに行く相手方の問題でね」
「そ、そうなのですか?」
そう言えば、行き先も誰と会うのかも聞いていない。
突然の仕事だったとは言え、護衛失格だ。
「今から合うのは、その地域一帯の豪族の頭だ」
後漢の世、朝廷の支配が衰退するにつれ、地方ではその地域に住む有力者が次第に力を持つようになった。
それは刺史や牧といった大きな範囲での統治者に言えることだが、もっと狭い範囲にも適応する。
その場合は、公の勢力ではない、地域の豪族名族が力を得る事が多かった。
特に中央から離れた江南地域ではそれが顕著で、曹操が中央政権化を進める華北とは違い、南では今でも豪族の支配が強い。
劉備が南の地でやっていこうとするならば、こういった荊州豪族とも折り合いをつけなければならない。
「諸葛亮殿は豪族と会われるのが嫌なのですか?」
「そういうわけではない。正確には、一度会ってるらしい。向こうが城に来て、殿と孔明に謁見したんだそうだ」
そう言われれば、確か先日そんな事があった気がする。
そういった会見の際は、関羽が護衛に立つ事が多いので、趙雲は立ち会っていない。
「問題はその謁見後でね。個人的に孔明に話しかけて来たんだと。その時嫌な事を言われたらしい。この事は殿にも言ってないそうだが……」
「決して他言致しません」
「本当に?」
「はい」
口の堅さには自信がある。
「その時言い寄られたんだそうさ」
「えっ!?謁見されたのはご婦人だったのですか」
「いや、勿論男だが……」
「男がっ!?えっ、いや、それは一体」
先だって趙雲も縁談の誘いを受けた事があったが、趙雲の場合は相手は勿論女だった。
しかし、諸葛亮の場合は相手は男。
言うまでもないが、諸葛亮も男である。
趙雲が二の句が続けられないでいると、龐統はまたカラカラと激しく笑いだした。
「何か勘違いしてるね、趙雲殿。言い寄られたってのは、うちで働かないかって事だよ」
「ええっ、そ、そうでしたか……」
つまり、引き抜きの誘いだ。
趙雲はとんだ勘違いをしていたと、顔から火が出る想いである。
穴があったら入りたいとは、こういう心境を言うのだろう。
「一緒に話していて、孔明の事を大変気に入ったらしい。殿にもそれとなく聞いてみたが、殿もそんな印象を受けたとおっしゃってたね」
「そうでしたか……」
「勿論孔明はその場で断ったけど」
自分の才能を活かしたいのであれば、劉備軍は確かに相応しい場ではある。
だが富を望むのであれば、豪族の顧問にでもなった方が確実な場合もある。
少なくとも、今の劉備軍は金がない、貧乏所帯だった。
勿論趙雲を始め、将や官達も大した禄は受けていない。
「まだ諦めてない感じだったらしいから、会いたくないんだそうな」
引き抜かれるつもりが無いなら、はた迷惑なだけであろう。
諸葛亮の気持ちも分かった。
「向こうさん、驚くだろうねぇ。孔明が来るかと思ったら、似ても似つかないこんな男が来たらさ」
「は、はは……」
果たして、龐統の予想は、まさしく現実となった。