久々に会う兄は、少し白髪が見え始めて、年をとったんだな……と思った。
確実に年を取っている。
益々諸葛瑾は記憶の中の兄とは変わっていく。
兄だけではない、自分だって年を取っているのだ。
兄弟……そんな言葉が、段々と似合わない二人になっていく。
「久しぶりだな、孔明」
「お久しぶりです、兄上」
兄の諸葛瑾は、雰囲気のままに、穏やかな人だった。
この人はこの人で、孔明を弟として愛そうと思っているのだろうということを、分からない孔明ではない。
ただそれは、諸葛瑾が「良い人」だからだ。
良い人だから故に、弟を慈しまねばならないと思っている。
それは純粋な兄弟愛とは違う。
むしろ愛さなければならない立場だからこそ、掛け値の無い愛は与えられない。
ただそれでも――
この様な優しい人が、自分の兄である事を孔明は幸せな事なんだろうと思っている。
「孔明殿、お疲れ様です」
兄を劉備達のもとへ連れて行くと、その途中で趙雲に出会った。
会見の場の警護は、趙雲が中心となって行われている。
会うのは当然と言えば当然だった。
「兄上は……」
「今中で殿と妻君に会われています」
「そうですか……」
結局劉備は尚香と一緒に諸葛瑾と会う事にしたらしい。
そちらの方が失言が無くて良いかもしれない。
尚香を疑うわけではないが、本人も悪気が無いままにあれやこれや話してしまう場合もある。
尚香はどう見ても策略向きには見えない。
もっとも孔明は、女性が策を弄するのはあまり好きではない。
「どうでしたか、兄君との再会は」
「……結局、琴は披露しませんでした。申し訳ありません」
本人を前にすると、やはり何か違うと思ったのだ。
元々人に聞かせるために琴をたしなんでいたわけではないので、興も乗らないのでやめた。
「そうでしたか。孔明殿がそうしたかったのなら、それで良いのですよ」
趙雲は当たり前の様に受け入れた。
実際孔明が弾く事はないだろうと、予測していたのだろうか。
それにしては何で少し嬉しそうなのだろう。
「少し……疲れました。なんだか気疲れしたような」
「お疲れですか。諸葛瑾殿が帰られたら、美味しい酒でも用意しましょう。あ、孔明殿が良かったらですが」
趙雲はちゃんとこういった心配りが欠かせない。
正直孔明も、趙雲がこう返してくれるだろうとの予想の上で先程の発言をした。
趙雲は優しい。
孔明はその優しさに甘えようとしている。
……要は孔明は、甘えたいのだ、誰かに。
兄に会って虚無感を覚えた。
兄と会っていると、何故か虚しい。
「諸葛瑾殿が戻られるまで、お休みになられていたらどうですか。終わったら、人を遣って知らせましょう」
そしとふと、孔明は気付いた。
自分は誰かに護られたいのではないかと。
通常親や兄弟に与えられるはずの庇護を受けられなかったためかもしれない。
だから劉備という大きな器に出会った時、孔明は自然と惹かれる様にしてその器に収まった。
劉備の側は居心地が良い。
この暖かさがきっと、劉備が人を惹き付けて止まない理由の一つだろう。
親子ほど年の離れた孔明にとっては少し、父親に感じる様な愛着を感じた。
そしてまた、趙雲にも同じ様な優しさを求めている。
趙雲は元々誰かを護るのが職務であるし、実際孔明も軍師として趙雲に護られてきた。
それを「諸葛孔明」を護っているのだと、錯覚しているのかもしれない。
父が死に、母や兄と別れ、叔父が殺された時、もう誰かに甘えよう等という考えは棄てたと思っていたのに。
人間は思った程、強くは出来ていない様だ。