「大丈夫です。ここで待ちますから」
本当は休みたかったが、孔明は趙雲の申し出を拒んだ。
実際諸葛瑾はすぐに戻るだろうと思ったし、それに今は誰かの側にいたかった。
いや――誰かではない、趙雲の側が良かった。
趙雲の仕事の邪魔かもしれないと思って、孔明はとりあえず静かにしておこうと決めた。
「…………」
実はもっとずっと前から、趙雲に対してこんな気持ちを抱いていたのかもしれない。
赤壁の戦い前夜、呉から帰って疲れきっていた孔明は、泥の様に眠っていた。
夢は深く寝付いた時は見ないと聞いていたのに、その時はいやに鮮明な夢を見た。
夢の中の孔明は幼かった。
幼いといっても、十七くらいだろうか。
そして夢にはもう一人、趙雲がいた。
趙雲は今のままの姿だった。
当たり前だ……今以外の趙雲を知らないのだから。
何故か孔明は趙雲の隣に座っていた。
どの様な状況だったのかは分からない。
周りの風景は、一切覚えていない。
趙雲も孔明も特に何も喋らなかったのだが、次第に孔明は眠くなってきて、耐えきれなくなって結局寝たのだと思う。
その間も趙雲は何も言わなかったが、ただニコニコと孔明が寝入る姿を見守っていた気がする。
ああ、そう言えば……誰かに見守られながら眠るなんてこと、幼少期以来暫くなかったなと、うすぼんやりした頭で考えていた。
孔明は下に弟と妹がいるため、いつも見守る側だった。
見守られながら寝るのはこんなに安心して寝れるんだなと思ったのが最後、それ以上の記憶は無い。
その夢のせいなのか、いつも眠りが浅い孔明にしては、驚く程に気持ち良く眠れた。
いつも見る悪夢も見なかった。
次の朝起きると、趙雲が幕舎の外で立っていたのには驚いた。
警護に立っていたのだと聞いて、趙雲に見守られる夢を見たのはそのせいかとも思った。
迷信だとは思うが、その時は本当にそう思ったのだから仕方がない。
それからか、趙雲に対して変な期待を抱くようになった。
趙雲がいれば、心の負担が軽くなるのではないかと思うようになった。
実際、趙雲は大体孔明の期待のままに応えてくれた。
だからこそこんな増長した気持ちを抱くようになったのだろう。
……増長した気持ち……。
「子竜殿、この前……妻君と話していた事……」
「えっ、話?」
「あの、えと……」
「?」
「ぶ、武芸の稽古がなんとか……」
「ああ、あの話ですか。相変わらず妻君は頼んで来ますが、受ける気はないのでご安心下さい」
「そう、ですか。…………」
孔明が本当に言いたかったのは、その時の事ではない。
尚香と劉備が初めてちゃんと話した翌日、朝から雨が降っていたあの日。
孔明が尚香の部屋に行くと、既に趙雲が部屋にいて、尚香と真剣な風で話し合っていた。
あの時、趙雲には会話は聞こえなかったと嘘をついたが、本当は二人の会話は孔明の耳に入っていた。
――好きになって良い相手ばかりをを好きになれるわけではありませんから。
「…………」
趙雲の言葉が、何故か胸に焼き付いた。
ハッとしたような、隠し事が露見した時の感覚。
私は……そんな想いを抱いているんだろうか。
……信じられない、どうかしている。
「……孔明殿?」
「えっ?」
趙雲に呼ばれていた事に気付かなかった。
趙雲は心配そうな顔で、こちらを見ていた。
「大丈夫ですか?何だか顔色が優れないようですが……やはりお休みになられた方が」
確かに気分が悪かった。
吐き気がする。
「……そうします」
趙雲はやはり自分を気遣ってくれる。
しかし自分は、その優しさにこれ以上甘えてはいけないと思った。
「兄が会談を終えたら……誰かを寄越して下さい、執務室にいますから。誰でも良いです。兵士でもなんでも」
無いとは思うが、万が一気にした趙雲が来ない様に釘を指した。
しかし却ってわざとらしかったろうか。
趙雲は少し戸惑っている様に見える。
「あの、少し休めば良くなると思います」
「……そうですか。ではごゆっくり」
気休めを言った。
本当は今にも倒れそうなほど目眩がする。
孔明は一人で己の執務室へ向かった。
部屋の奥に、仮眠出来るよう寝台を用意している。
側には、例の琴もある。
孔明は頭から寝台に倒れこんだ。
上着を脱いでいない。
皺になるかもしれない。
こんな状態で眠ったら、また悪夢を見るだろうと虚ろな頭で思った。
気分が悪いまま眠ると、十中八九悪い夢を見る。
香を炊こうと思い付いた。
趙雲に貰った香が置いてある。
あの香は家の寝室で炊く気にならなくて、ここに置いていた。
孔明は重い頭を起こして香を取りに行こうかと思ったが、躊躇った後、再び寝台に崩れ落ちた。
あの香を炊いたら、夢に趙雲が出てくるかもしれない。
今の気持ちで趙雲を夢に見る事には、罪悪感があった。
罪悪感を持つこと自体、罪悪感がある。
こんな私は悪夢を見れば良い、と孔明は思った。
誰のためでもない、自己満足の贖罪だとしても良い。
そうして孔明はだるい疲労感の中、落ちるようにして眠りについた。
〔続〕
初めて孔明視点!
BL小説サイトさんで受け攻め両方の視点をどっちも書いたりする作品を良く見るのですが、なんか奥の手っぽいので出来るだけ使わない様に努めて、今回の一話で今までのを回収する感じで書きました。
なんか孔明視点のが書きやすい気がしますね…w
趙雲視点のが書いてて楽しいんですが。
梁哺吟はご存じの通り孔明が好んだ歌ですが、琴用に編曲したというのは創作です。
当時の曲は現在でもいくつか残っていますが、孔明には孔明らしい曲を弾いて欲しかったので。
孔明は劉備に父性を見てたというのは私の前からの持論です。
お父さんいない孔明は親子ほど年の離れた劉備には父を重ねてたんじゃないかという考察…というより、だったら良いなぁという妄想。
ちなみに孔明と瑾兄様は端から見ると割と仲の良い兄弟に見える設定。
というか、実際相性は悪くないんだと思います。
でも二人とも、心の奥で「なんか違うな」って思ってる感じ。
哀しいですね。