孔明が確認作業が終わったというので、関平は孔明と共に宴の部屋へと戻った。
しかし、部屋には入らない。
内側から見えるか見えないかの所で、孔明は何か合図を送っている。
何をしているのだろうかと思っていたら、間もなく龐統が出てきた。
予め段取りを踏んでいたのだろう。
「おや、関平殿もおられたか」
龐統はだいぶ酔っているようだ。
無類の酒好きのホウ統は、例え裏に目的がある宴であろうと、飲むものは飲む。
「士元……話に齟齬はありません。一応比較結果を記しておきました」
「いや、孔明が言うなら信じるさ。とにかく、張松殿は嘘はついていないわけだな」
「今はそうでも、今後どう転ぶか分かりません。引き出せる情報は引き出しておいて下さい」
「任せな。酒飲みながら出来る仕事なら叶ったりだな」
龐統は手を振りながら、再び宴の中へ戻っていく。
簡単な様に言うが、ホウ統以外の者にはなかなか真似出来ない芸当だろう。
龐統への報告も終わり、孔明も宴へ戻ろうというので関平もそれに従おうとした所、新たに近付いてくる人影がある。
趙雲だった。
「趙雲殿、御苦労様です」
趙雲は確か今回は宴に参加せず、周辺警護を任されていたはずだった。
相変わらず颯爽としていて、絵になるなと思う。
「ああ、関平か。孔明殿、今までどちらにいらしました?お姿が見えなかったですが」
ほら来た、と関平は思った。
が、孔明の方はどこ吹く風の体である。
「自分の執務室に少し用があっただけです」
「お一人で出歩かれるのはやめて下さい。今警備は宴の場に集中してますから、ここから離れるのは危ないです」
「一人ではありません。関平殿が護衛をしてくれました」
「えっ」
急に自分に話をふられて驚いた。
趙雲が怪訝な顔で関平を見る。
「本当か?」
「ああ、はい。確かに執務室で軍師殿と一緒におりました」
嘘ではないから問題無かろう。
しかし趙雲はどこか不満そうな表情を浮かべている。
趙雲のこんな表情は珍しい。
「私の事は大丈夫ですから、今はご主君の警護に集中して下さい」
「はい、承りました」
言葉とは裏腹に、趙雲は不満そうな表情のままだった。
それから暫くの間も、劉備軍の日常は張松を中心に回った。
劉備は張松と長い時間話し合ったが、龐統とはそれ以上だったろう。
その話し合いには時折孔明も加わったが、基本的にはホウ統一人だった。
どうも、同じ軍師とは言っても、ホウ統と孔明は仕事を分けているようである。
ホウ統が軍事方面だとしたら、孔明は政治方面に尽力しているらしい。
張松がいる間も、孔明は荊州の安定に終始した。
「関平殿」
とある日、孔明に話しかけられた。
しばしば孔明を目で追っているのが、気付かれたであろうか。
宮城にいる間は、関平はよく孔明の姿を探した。
もし顔色が悪ければ、ちゃんと一言「休め」と申し上げるのだ……などという、お節介のためだった。
「これは、軍事殿……。何用でございましょうか」
「そんなに恐縮なさらずとも。私がそんなに怖いですか?」
自分が見ていた事が気付かれたのではないかとハラハラする様子を、孔明に怯えているのだと思ったらしい。
変な勘違いだ。
しかし劉備軍の中には、孔明が何を考えているか分からなくて怖い、と漏らす者もいるらしい。
「そんなつもりはありませんでした。所で、何の用でしょうか」
「武陵の南に堰がございましょう?そこを見に行きたいのですが、一人で行くとまた怒られます」
武陵の堰といえば、最近崩壊して水の被害が出ていると、関平は小耳に挟んだ。
きっとその状態を確認しに行きたいのだろう。
「護衛するなら構いませんが、趙雲殿は?」
「趙将軍?貴方は事ある毎にあの人の名を出しますね。私がいちいち彼の許可をとる必要があるわけでも無しに」
孔明自身はそう思っているのだろうが、周りから見れば孔明がどこか行く時は、趙雲がついていく者と皆が思っているのだ。
「それならば構いません。軍師殿、馬は?」
「乗れます。貴方程ではないかもしれませんが」
「私もまだまだ。趙雲殿に比べたら雲泥の差です」
孔明の眉根が、不機嫌そうにピクリと動いた。
「だから何故、あの人なのです」
イライラしたような口調。
趙雲の話を出されるのが不快なのだろうか。
それなりに関係は良好だと思っていたのだが、思い違いだったのかもしれない。