軍師殿と私 某月某日-1


某月某日
亮兄に頭の整理にもなるからと勧められ、以降毎日夜寝る前につけていたこの日記だが、今日はわけあって昼のうちに記録する事にする。
まだこんな明るいうちに日記を書くなどなんだか変な感じがするが、予定があっては仕方がない。
今日は昼から急遽趙雲将軍と龐徳公のもとをお訪ねする事になった。
何やら趙雲将軍が公に届け物があるそうなのだが、今蜀へと向かった龐統殿を除いては場所を知る者は私と亮兄くらいしかいないだろうから、私が案内をするのだ。
公に会うのも随分と久しぶりだし、何より私は趙雲将軍と少し親しくなってみたいと思っていたから、二つ返事で引き受けた。
しかし趙雲将軍はどういったご用件なのだろうか、訊くのを忘れていた。
そんな事も道中で尋ねれば良いか。
公の住まいは遠いから、きっと帰りは明日か明後日になるだろう。
それまでは毎日つけていたこの日記も空きが出る事になる。
持っていけば良いのだろうが、出来るだけ荷物は軽くしていきたい。
ただでさえ趙雲将軍に比べたら馬術には天と地の差があるんだろうから、出来る限り足手まといにならないようにしなければ。
なるべく事細かにその日の事を記録する様に心がけていたが、今日はそういうわけでここらで筆を置く。




某月某日
今日無事帰宅した。
結局一日分日記が空いてしまった。
公のお宅には二泊した。
私が疲れていたせいもあるが、趙雲将軍がなにやら熱心に公の書庫の本を熱心に読まれていたようだった。
何を読んでいたのだったか、そう言えば聞いていなかった……会ったら訊こう。
趙雲将軍は武を生業となさっている方なのに書もたしなむのだろうか、凄いなぁ。
あんなに強くて、同時に勉強もするのだったら私など何の価値があるのだろう。
若い頃は周りから白眉なんて言われて持て囃されていたが、正直亮兄にも及ばないし、私は大した事ない。
しかし趙雲将軍は外見にも秀で、人当たりも良いし、なんて人だろうと思う。
天は二物を与えるのだ。
正直言って私は武将連中が怖くて出来れば接触したくないと思うのだが、趙雲将軍は落ち着いておられるから打ち解けられるかもしれないとは思っていたが、思ったよりも良い方だった。
亮兄が親しくするのも頷ける。
そう言えば今日は久々にご正室が馬に乗りたいだの狩りに行きたいだのおっしゃられて大変だったようだ。
最初よりだいぶ丸くなられた様に思ったが、やはりご気性はなかなか変わるものではないらしい。
いや、ご正室も殿がおられなくて寂しいのだろうか。
以前は騒がしいくらいだったせいか、私も最近はなんだか少し物寂しい気もする。
結局私もこの環境に慣らされているようだ。
ここに来る前の生活はもっとずっと比べ物にならないくらいに静かだったというのに。
亮兄も騒がしくて仕事に集中できないなんてぼやいていたが、あれで案外ここでの生活に慣れてきているに違いない。
そう言えばそろそろ紅葉の季節だ。
栗が美味しい季節になるのか。



前章へ戻る-- Novel Top-- Next