勿言一樽酒 (一樽の酒とは言う勿れ)
明日難重持 (明日は重ねて持り難し)
夢中不識路 (夢中には路を識らず)
何以慰相思 (何を以ってか相思を慰めん)
わずか一瓶の酒と 言ってはくれるな
明日ともなれば 酌み交わすことはできぬ
夢でなりとも訪ねたいが 通う道を知らない
慕わしい友を どうして慰めればよいだろう
――沈約「范岫に別れる」より
――――――――――――――――――――――――
軍師諸葛亮の予言通り、その夜長江は赤く染まった。
呉軍の放った火によって、曹操軍の大船団は一面の炎に包まれ、まるでそこにあった事が嘘かの様に、灰となって散った。
圧倒的な兵数を覆しての大勝利。
夜半だという事も忘れて、劉備軍は将兵の違いなく皆が、勝利という甘美な酒に酔った。
いや、ただ一人――
諸葛亮を除いては。
「曹軍を追撃します。指定通り、各隊は急ぎ出陣して下さい」
あくまで冷静な指示。
諸葛亮とて興奮していないわけではない、と趙雲は知っている。
冷静な仮面を被りながらも、内心ではたぎる想いで一杯な筈だ。
しかしそれを表に出す事は無い。
周りが浮かれているからこそ、自分は冷静に指示を出し続けなければならない。
諸葛亮はそう、己の役を決めている。
そうしてその判断は、劉備軍にとって最善なのであろう。
諸葛亮の凛とした声に己が使命を思い出した将達は、弛んだ顔を引き締め、皆急いで陣を出て夜の闇の中へ消えて行った。