軍師殿と私 夢で逢いましょう−1


勿言一樽酒 (一樽の酒とは言う勿れ)

明日難重持 (明日は重ねて持り難し)

夢中不識路 (夢中には路を識らず)

何以慰相思 (何を以ってか相思を慰めん)


わずか一瓶の酒と 言ってはくれるな

明日ともなれば 酌み交わすことはできぬ

夢でなりとも訪ねたいが 通う道を知らない

慕わしい友を どうして慰めればよいだろう


 ――沈約「范岫に別れる」より


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軍師諸葛亮の予言通り、その夜長江は赤く染まった。
呉軍の放った火によって、曹操軍の大船団は一面の炎に包まれ、まるでそこにあった事が嘘かの様に、灰となって散った。 圧倒的な兵数を覆しての大勝利。
夜半だという事も忘れて、劉備軍は将兵の違いなく皆が、勝利という甘美な酒に酔った。
いや、ただ一人――
諸葛亮を除いては。

「曹軍を追撃します。指定通り、各隊は急ぎ出陣して下さい」

あくまで冷静な指示。
諸葛亮とて興奮していないわけではない、と趙雲は知っている。
冷静な仮面を被りながらも、内心ではたぎる想いで一杯な筈だ。
しかしそれを表に出す事は無い。
周りが浮かれているからこそ、自分は冷静に指示を出し続けなければならない。
諸葛亮はそう、己の役を決めている。
そうしてその判断は、劉備軍にとって最善なのであろう。
諸葛亮の凛とした声に己が使命を思い出した将達は、弛んだ顔を引き締め、皆急いで陣を出て夜の闇の中へ消えて行った。


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