軍師殿と私 夢で逢いましょう−3


諸葛亮の姿が闇に消えると、諸葛亮の後ろ姿を見送っていた劉備の視線は再び趙雲へと注がれる。

「……子竜」

「はい」

「孔明と何かあった?」

痛い所をつかれた。
劉備は人を見る目に関しては超一級のものを持っている。
当然劉備には、二人の間に微かに流れる微妙な空気を隠せる筈もない。

「いや、その……それが」

「喧嘩でもしたか?」

「そういうわけでは」

あの船上での出来事は、喧嘩かと言われると、少し違う気がする。
趙雲も諸葛亮も、言い争いをしていたわけではない。
声を荒げた場面もあったが、諸葛亮曰く……別にそれを怒ったわけではないらしい。
口論と言えば口論なのかもしれないが、喧嘩という表現にはしっくりこない。

「なんというか、少し気に障る事をしてしまったらしくて」

趙雲が言えるのは、結局これだけだった。

「気に障る事?」

「はぁ、そうみたいです……」

「んー、まぁそんな事は益徳の奴はいつもの事だがなぁ」

張飛と比べられても仕方がないのだが。
張飛と諸葛亮は気が合う合わないの次元ではない。

「私の事を勘違いしていたと言うんです。思っていたのと違う、と」

「要するに、幻滅したって言われたんだな?」

「うっ」

やっぱり、幻滅、なのだろうか。
趙雲は項垂れるしかない。

「なんだなんだ、何をやったんだお前は」

「それが余り良く分からないんですけど、もっと冷静な人だと思ってたとかなんとか……」

「乱暴な事でもしたか?」

趙雲は首を振った。
乱暴な……と言える事はしていない。
いささか興奮をしていたといえば、そうだが。

「まぁ、子竜の事を信頼してたからこそ、落胆したのかもなぁ」

「信頼……ですか」

「幻滅は、信頼していないと出来ないだろう?」

確かに、それは道理だ。

「でもなぁ子竜」

「はい」

「人間って奴ぁ一度信頼した相手はな、裏切られたと思ってもどこかでやっぱり期待してるもんなのさ」

「はぁ……」

「と言う事はだ、子竜。何か信頼を取り戻すキッカケさえあれば、お前の株も持ち直せるってワケよ」

「……そ、そうでしょうか!」

「そうだ!」

「私、頑張ってみます!!」

「ああ、その調子だ」

劉備の言葉に元気を取り戻した趙雲は、すっかりやる気になっている。
そんな趙雲の様子を見て、劉備はやれやれとため息をついた。

「誰か孔明の片腕になってやれる奴がいないとな……」

劉備は誰にでもなく、小さく呟いた。
劉備としてはそれなりに気が合うらしい、趙雲がその役目についてくれればと思っていたらしい。
今回の事は誤算だったが、まだ修復は可能だろうと思っている。

――家臣同士の仲を取り持つのも、軍の頭の仕事だな。

なかなか良い上司だなぁと頭を掻きながら、劉備は苦笑する。
冷静な劉備は、それとなく家臣間の関係を取り持つのであった。


劉備軍の陣を覆う江夏の外れに位置する森は、未だ重たい闇に支配されていた。
そんな闇の中で趙雲は、諸葛亮の幕舎の前に立っていた。
目的は警護のため。
諸葛亮に頼まれたのでは勿論、劉備に命じられたからでもない。
趙雲自身の意志で、ずっとここに立っている。
劉備にやっぱり警護に立ちます、と告げると、「頑張りな」と言って劉備は満足そうに趙雲の申し出を許した。
元々趙雲は劉備や劉備の家族を護衛する事が専らの仕事であるため、この様に立ちっぱなしなのも慣れたものだった。

――軍師殿は中でお休みになっているのだろうか。

あの諸葛亮の事だから、劉備には休むと言いながら、実は仕事をしていた……と言う事も、あながちあり得なくはないと思った。
ただこうやって幕舎の前で立っていると、その考えが杞憂だったと言う事が、自ずから分かった。
中の様子を確かめたわけでは、勿論無い。
万が一そんな事をしたと諸葛亮に露見した時は、今度こそ諸葛亮に軽蔑される恐れがある。
諸葛亮は私生活に干渉されたくない性質だろうというのは趙雲の勝手な印象だが、間違ってもいないだろう。
しかし確かめずとも、幕舎の中から光が漏れていないし、こうして長い時間立っていても物音一つ聞こえる事は無かった。
ちゃんと諸葛亮は眠っているらしい。
趙雲はその事に、一先ず安堵した。
そして中で眠る人を起こす事が無い様、静かに警護を続けた。



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