【扶蘇】
ここに来ての毎日は、実に単調なものだった。
土と埃ばかりの大地。
常に薄曇りの空。
そして、長城の建設に勤しむ人々の姿……。
「凄いものだな」
私はしみじみとそう思う。
数え切れないほどの男達が働いている。
その光景は圧巻だ。
美しい風景とは程遠いが、見ていて飽きない。
時が経つのも忘れてその光景を見ていると、いつの間にか隣に立っていた蒙恬が言った。
「太子様、長城を見回ってみますか?」
「長城を?」
「はい。とは言っても、特に面白いものはございませんが」
確かにどこまで行ってもただひたすら続く城壁と、相変わらずの空と大地があるだけ。
だが、私は蒙恬の誘いをうける事にした。
「人夫達の様子が見たい」
「人夫達の?」
「うむ、だってどの様に働いているか上に立つ者として知っておく必要があるだろう」
「良い心がけでございます」
そう言って蒙恬は、まるで父親が子供を慈しむ様に微笑んだ。
「…………」
「ん、どうされました」
「いや……、父にもそのような事言われた事無いと思ってな」
嬉しいけど、どこかこそばゆい様な。
妙な気持ち。
【蒙恬】
父君について語る口振りは、突き放すように冷たい。
「お父上の事が……お嫌いなのですか?」
「嫌い?」
切れ長の目が不快そうに揺れる。
あ――。
また瞳の淋しそうな色が深まった。
ご家族の話はあまりされたくない様だ。
「嫌いではない。だが、好きだというわけでもない」
そう言う表情が辛そうで、いたたまれない。
大半の人間はこの表情を冷酷な笑みだと思うらしい。
私には、淋しさを隠す無理な笑みにしか見えない。
私がおかしいのかもしれないが。
「親子らしい事をした事が無いのだから、判断のしようがない」
「…………」
「……ここは、雪が降るか?」
「あ、ハイ。それは勿論」
「ばか、降るのは当たり前だ。いつ頃から降る?」
「もうすぐです。ここでは一年のほとんどが冬ですから」
「そうか、それは見てみたいな」
「雪ならば咸陽にも降るではございませんか」
秦は北国だ。
毎年冬になると、国中が白に染まる。
「全く、気が利かんなお前は。戦ばかりしてるからそう言う男になるんだ」
誰のために戦っていると思っているんだ、と思いつつ笑う。
向こうも笑った。
「長城から雪が見たい」
「一面の銀世界ですよ。白以外には、長城しか見えません」
「……世界の果ての様な、光景だろうな」
「世界の果て……」
「蒙恬、海は見た事があるか?」
「いえ」
「あれも一つの世界の果てだ。だがこちらは、陸の果て」
「見てみたいですな……」
「見よう、いつか一緒に」
「海を、ですか?それとも雪を?」
「両方だ」
この様な言葉をかけてもらえる私は、光栄だ。